概要 1889年(明治22年)の市制町村制の施行により、旧来からあった17の村が再編成され田辺村、大住村、草内村、三山木村、普賢寺村の5か村が発足 1906年(明治39年)、田辺村が町制を施行し田辺町となる(1町4村) 1951年(昭和26年)、大住村、草内村、三山木村、普賢寺村の4村が田辺町に編入合併(1町) 1997年(平成9年)、綴喜郡田辺町より市制施行され、和歌山県田辺市との重複を避けるため「京」を冠して「京田辺市」とされた 京都府では八幡市以来20年ぶり12番目、全国で669番目の市として誕生
観光スポット 北部エリア 大住地区 大住・松井・山手 最北端、田辺地区の北西 大住、松井の2か村が合併 ▼JR松井山手駅 京阪東ローズタウン 町名は山手 ▼京田辺松井IC ▼松井天神社 式内 10/15に例祭、宵宮には松井祭太鼓が奉納 ▼JR大住駅 大住月読神社 寺社 隼人舞発祥之碑 大住隼人舞は市無形民俗文化財 虚空蔵谷川桜並木 川 桜 京田辺西端を流れる川でヘイケボタルも生息し最上流部には虚空蔵堂や滝のある風光明媚な環境。 下流の大住から松井にかけての川堤は南山城有数の桜の名所で、両岸約1kmに270本のソメイヨシノやシマザクラが川を覆うように花を咲かせる。 ライトアップに加え京田辺の良さを再発見する花見ウォークも開催 ▼虚空蔵堂・虚空蔵谷の滝 十三まいり ▼大住車塚古墳 国史蹟 ▼天津神社 大住隼人舞は市無形民俗文化財 澤井家住宅 邸宅・屋敷・別荘 古代大和朝廷の命で大隅から隼人が移住した大住地区にある。 江戸時代に尼門跡・曇華院所領地の代官を務めた澤井家の邸宅。江戸中期建築の住宅と建設当時の普請文書が重文。 接客機能を重視し構造に茅葺きをL字型に組み合わせた屋根が特徴的。黒門は蛤御門の変の後5年間仮御所として使われた際の名残り ▼田辺北IC 中部エリア 田辺地区 田辺・薪・興戸・河原・甘南備台 市の中心部 田辺、薪、興戸、河原村の4か村が合併 JR京田辺駅 鉄道・駅 JR片町線(学研都市線) JR片町線(学研都市線)の駅で橋上駅舎を有する島式ホーム2面3線の地上駅。 駅東方約300mの近鉄新田辺駅とともに京田辺市の代表駅で周辺は開発が進み両駅を東西に結ぶ商店街や駅東の平和堂アル・プラザなど商業施設も多い。 駅西には一休宗純ゆかりの酬恩庵一休寺があり西口駅前には一休さんの銅像も立つ 近鉄新田辺駅 鉄道・駅 近鉄京都線 近鉄京都線の駅で橋上駅舎を有する島式ホーム2面4線の地上駅。西側に駅ビルを併設。 駅西方約300mのJR京田辺駅とともに京田辺市の代表駅で周辺整備も進み住宅や商業施設も多い。 宇治市と並ぶ京都市のベッドタウンであるほか駅南西には同志社大学・同志社女子大学もあり学生の利用も多いのが大きな特徴。 2020年から田辺大通りおよび駅前にて京田辺グルメストリート ▼キララ商店街 キララフェスティバル・いす1GP ▼防賀川公園・馬坂川の桜並木 ▼今村芳翠園 ▼田辺地名発祥の碑(田辺公園・京田辺市役所) 棚倉孫神社 寺社 鳳輦・神輿 夏越祓・茅の輪 瑞饋神輿巡行は市無形民俗文化財 酬恩庵一休寺 寺社 名勝 紅葉 皐月 合格祈願 除夜の鐘 涅槃会 開山忌・御忌 臨済宗大徳寺派別格本山。とんちで有名な一休宗純が再興し晩年を過ごしたゆかりから一休寺の通称。 庵名は創建者の大応国師の恩に酬(むく)いるという意味。 本堂・方丈・庫裏は全て重文、苔に覆われた庭園は秋は紅葉が鮮やか。 一休の墓や画像、等身大の木像も安置し一休遺法といわれる一休寺納豆も購入可。 一休善哉の碑・花祭り・一休寺薪能・一休さんウォーク、とんち大賞授賞式 ▼薪神社 ▼近鉄興戸駅 ▼酒屋神社 神功皇后が三韓遠征の際、行軍の途中にこの地を訪れ酒壺を安置したと伝わる 不違いの池と鉾立ての松もゆかり ▼田辺西IC 甘南備山 山 桜 紅葉 京田辺と大阪枚方にまたがる標高221m、神が隠れる場所の意味を持つ山。 周辺市街が一望でき平安京の朱雀門は船岡山までの直線を都の中心軸に建設されたという。 東に雄山、西に雌山と2つの山頂を持ち雄山に今昔物語に名のある甘南備神社。 ハイキングコースも設置され秋の紅葉など四季の自然が楽しめる。 新春甘南備山初登り・神南備神社・神南備寺跡 草内地区 草内・飯岡・東 市北東、田辺地区の東 草内、東、飯岡の3か村が合併 ▼山城大橋 ▼草内木津川運動公園 京都木津川マラソン大会 ▼草内咋岡神社 ▼法泉寺 本尊十一面観音が草むらから現れたため、周辺を草内と呼ぶようになったと伝わる 天長年間(824-33)の干ばつの際に本尊に祈願したところ、清泉が湧き出したので法泉寺と号したと伝わり、雨乞い祈願の農耕守護仏として現在も信仰厚い 十三重石塔鎌倉中期のもので重文 ▼飯岡咋岡神社 ▼飯岡古墳群 ▼飯岡(いのおか)の茶畑 ▼穴山梅雪の墓 家康の伊賀越えゆかり 堺→枚方→京田辺(普賢寺・興戸・草内)→木津川を渡る→宇治田原→大浜→岡崎ヘ その途中に穴山梅雪は草内で一揆に巻き込まれて落命、地元民に葬られた ▼祥玉園製茶 南部エリア 三山木地区 三山木・同志社山手・宮津 市南西、田辺地区の南西 三山木、宮津の2か村が合併 ▼JR・近鉄三山木駅 寿宝寺 寺社 真言宗寺院。京田辺山本地区は東大寺から京都伏見へ向かう奈良街道最初の宿場町で古くは山本の大寺と称され七堂伽藍を持つ大寺院だったが度重なる木津川の氾濫で現在の高台に移転。 観音堂安置の本尊十一面千手千眼観音立像は実際に千本の手を持ち大阪葛井寺や奈良唐招提寺の観音とともに三大傑作の一つ ▼JR同志社前駅 同志社大学京田辺キャンパス 大学 1986年今出川キャンパスに次ぐ拠点として開校。 当初は各学部1・2年が学んでいたが1994年工学部の全面移転を皮切りに理系拠点として整備が進み2013年4月に今出川に文系8学部、京田辺に理系6学部の形に再編。 学舎は今出川同様煉瓦タイルで統一され最先端の実験設備や大規模な情報教育設備も備える。 同志社大学AMAM祭 ▼筒城宮伝承地 京田辺キャンパス内、大学歴史資料館に隣接 第26代・継体天皇の宮があったとされる場所 ▼近鉄宮津駅 ▼佐牙神社 山本の百味と湯立は市無形民俗文化財 ▼宮津白山神社 おんごろどん、茅の輪くぐり 朔日講の神楽は市無形民俗文化財 普賢寺地区 普賢寺・多々羅・天王 市南東、田辺地区の南東 水取、多々羅、上、天王、高船、打田の6か村が合併 1951年(昭和26年)の田辺町編入時に大字上は改称して普賢寺に 大御堂観音寺 寺社 国宝彫刻 桜 紅葉 菜の花 真言宗智山派。662年天武天皇勅願で創建され744年聖武天皇の勅願で中興、七堂伽藍を持ち筒城の大寺と呼ばれる大寺院だったが1437年の火災で焼失、大御堂だけが再建され現在に至る。 十一面観音立像は奈良中期を代表する天平仏で全国で7体しかない国宝の一つ。 春は参道の桜並木と菜の花の対比が印象的。 二月堂竹送り ▼普賢寺ふれあいの駅 ▼舞妓の茶本舗 朱智神社 寺社 近鉄新田辺駅南西、山城河内大和の3国が境を接する標高300mの高ヶ峰山中に位置。 古墳期の仁徳天皇時代に創建、祭神の牛頭天王は平安初期に祇園八坂神社の前身感神院に勧請されたため元八坂と呼ばれる。 7/14には祇園祭(天王祇園祭)を開催し厄除けのちまきも。本殿の牛頭天王像は藤原後期作で類例も少なく府の文化財