金戒光明寺(黒谷)
詳細地図
閉じる
徳川家と縁の深い浄土宗最初の寺、桜と紅葉の名所
「黒谷」の愛称を持ち法然上人が初めて草庵を結んだ浄土宗最初の寺。 現在は大本山で三門など壮大な伽藍を持つ。 徳川家と関係深く2代将軍秀忠の菩提を弔う文殊塔やその妻江の供養塔、幕末は会津藩の京都守護職本陣として新撰組発祥の地に。 桜や紅葉も有名
金戒光明寺(黒谷)とは?(基本データ)
- 名前
- 金戒光明寺(黒谷)(こんかいこうみょうじ(くろだに))
- エリア
- 岡崎・吉田・鹿ケ谷
- ジャンル
- 建立・設立
- 1175年(承安5年)
- 創始者
- 法然(ほうねん)(源空)
- 宗派
- 浄土宗大本山(旧黒谷浄土宗総本山)
- 山号
- 紫雲山(しうんざん)
- 本尊
- 阿弥陀如来
- 寺紋
- 杏葉紋(ぎょうようもん)
- 札所等
- 法然上人二十五霊場 24番札所
洛陽三十三所観音霊場 第6番
知恵の寺めぐり(京都文殊霊場) 第1番札所 - アクセス
- 駐車場
- 黒谷駐車場は30台収容
60分400円(一時預かり)
当日1日最大料金800円
※24:00以降は料金追加 - 拝観料
- 境内自由
春と秋に特別拝観あり(有料) - お休み
- 不定休
- 拝観時間
- 9:00~16:00
- 住所
- 〒606-8331
京都府京都市左京区黒谷町121 - 電話
- 075-771-2204
- FAX
- 075-771-0836
- 公式サイト
- 浄土宗大本山・くろ谷 金戒光明寺
くろ谷 金戒光明寺 Twitter
くろ谷 金戒光明寺 Facebook
くろ谷 金戒光明寺 Instagram
大本山 くろ谷 金戒光明寺 YouTube
金戒光明寺 浄土宗
第24番 大本山 くろ谷 金戒光明寺 法然上人二十五霊場
第六番札所 金戒光明寺(黒谷) 洛陽三十三所観音巡礼
京都守護職 新選組巡礼会 Twitter
金戒光明寺(黒谷)の地図
金戒光明寺(黒谷)のみどころ (Point in Check)
京都市左京区黒谷町、京都市街地を見下ろせる丘陵地に広大な寺域を有する浄土宗寺院で、別名として白河禅房、黒谷堂、新黒谷とも。
本尊は阿弥陀如来で、地元では「黒谷さん(くろだにさん)」の通称で親しまれています。
浄土宗の大本山(旧黒谷浄土宗総本山)で、知恩院と並ぶ格式を誇る「浄土宗七大本山」の一つであり、また知恩院、百万遍知恩寺、清浄華院(しょうじょうけいん)とともに「京都四箇(しか)本山」の一つにも数えられています。
開山は浄土宗の宗祖・法然(ほうねん)(源空)
15歳で比叡山に登った後、1175年(承安5年・安元元年)の春、43歳の時に念仏の教えを広めるため比叡山西塔の黒谷を下ることになります。
丘の上をを歩いている途中、大きな石があったことからそこに腰掛けると、紫雲が全山にみなぎり光明があたりを照らした(その石から紫の雲が立ち上り、大空を覆い、西の空には、金色の光が放たれた)ことから、この地に草庵を結ぶこととなりました。
これがこの寺のはじまりであり、法然がはじめて草庵を営んだ浄土宗最初の寺院となったことから「念仏発祥の地」ともされています。
この地は比叡山西塔の黒谷の所領で、法然が師・叡空(えいくう)から譲り受け「新黒谷」と呼ばれました。
そしてその後、弟子の信空(しんくう)とその弟子に引き継がれていき、第5世・恵顗(えぎ)の時に初めて仏堂や御影(みえい)堂などの堂宇が整えられ、法然による開創の際の瑞相(ずいそう)にちなみ「紫雲山光明寺」と号しました。
更に南北朝時代に第8世・運空が後光厳天皇(ごこうごんてんのう 在位1352-71)の戒師を勤め、天皇に戒を授けた際に「金戒」の二字を賜り、現在の「金戒光明寺」の寺号に。
また1428年(正長元年)には法然が最初に浄土宗を布教を行った地であることに因み、後小松天皇の宸筆の「浄土真宗最初門」の勅額を賜り、その勅額は現在も山門に掲げられています。
創建以来念仏道場として、室町期には公武の尊崇も受けていましたが、「応仁の乱」の後は衰退。
のち織田、豊臣の庇護を受け、江戸時代にはとりわけ浄土宗を手厚く保護した徳川幕府の援助を受け「浄土宗四箇本山」の一つとして栄えました。
江戸初期には知恩院とともに徳川幕府の京都における防衛拠点として城郭構造に改修され、幕末の1862年(文久2年)に会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)が京都守護職として着任した際には、会津藩士1000名がここに本陣を置いたことで知られています。
そして近藤勇、芹沢鴨らはこの地で松平容保への拝謁が叶い、後に新選組が誕生したことから「新選組発祥の地」ともされています。
明治維新後は衰退したものの、昭和になり着々と境内伽藍が整備され、第二次大戦後に「黒谷浄土宗」として一派独立しますが、現在は浄土宗に合流し「浄土宗七大本山」の一翼を担っています。
堂舎はいくたびかの火災で焼失しますがその都度再建され、現在は山門、御影堂(大殿)、阿弥陀堂、三重塔(文殊塔)など豪壮な構えの堂宇が建ち並んでいます。
そして18の塔頭寺院のほか、会津藩士の眠る墓所があることでも知られています。
このうち御影堂(大殿)は1944年(昭和19年)に京大教授・天沼俊一博士の設計により新たに建設されたもので、法然上人(源空)の75歳の御影(座像)を安置。
また山門は時代劇のロケなどに使われることもあるほか、阿弥陀堂は豊臣秀頼によって再建されています。
更に江戸幕府2代将軍・徳川秀忠の菩提のために建立された三重塔(重文)には運慶作の文殊菩薩と脇侍の尊像が安置されています。
寺宝としては、
法然上人(源空)の真筆で遺作の「一枚起請文(きしょうもん)」(鎌倉期書写)
「山越阿弥陀(やまごしあみだ)図」(鎌倉時代、重文)
「地獄極楽図屏風(ごくらくずびょうぶ)」(鎌倉時代、重文)などを有しています。
墓域には、
春日局(かすがのつぼね)や徳川秀忠の妻で2011年に放送された大河ドラマ「江-姫たちの戦国-」の主人公「江(崇源院)」の慰霊塔
山崎闇斎(あんさい)の墓、
また会津藩士の墓地や京都守護職の本陣が置かれた名残を示す会津藩主松平公本陣旧趾(きゅうし)などがあることで知られています。
紅葉の名所として有名で、毎年秋の見頃の時期に合わせて特別公開されます。
回遊式で紅葉が美しい方丈庭園「紫雲の庭」や市内が一望できる山門の特別公開、仏師・運慶作と伝わる文殊菩薩像のほか、伊藤若冲筆「群鶏図」屏風などの寺宝が展示されます。
また桜の隠れた名所でもあり、境内全体に咲きますが、とりわけ山門を飾る桜や極楽橋近くの桜が見事です。
金戒光明寺(黒谷)の施設案内
主要伽藍
-
-
道標
-
-
-
岡崎通
-
-
-
京都岡崎郵便局
-
-
-
道標
-
-
-
黒谷交番
-
-
-
高麗門
-
-
-
石標
-
-
-
石標
-
-
-
石標
-
-
-
参道
-
-
-
有料駐車場
-
-
-
境内図
-
-
-
石段
-
-
-
山門
-
-
-
勢至丸さま
-
-
-
石段
-
-
-
参道
-
-
-
鐘楼
-
-
-
黒谷文七茶所
-
-
-
WC
-
-
-
納骨堂(旧経蔵)
-
-
-
吉備観音堂
-
-
-
阿弥陀堂
-
-
-
鎧かけの松
-
-
-
御影堂(大殿)
-
-
-
大方丈
-
-
-
大方丈前庭
-
-
-
紫雲庭園(紫雲の庭)
-
-
-
鎧池
-
-
-
茶室紫雲亭
-
-
-
茶室花峯庵
-
-
-
寺務所
-
-
-
庫裏
-
-
-
修練道場
-
-
-
清和殿
-
-
-
駐車場
-
-
-
東坂
-
会津墓地参道
-
-
会津墓地参道
-
-
-
くろたに幼稚園
-
-
-
常光院
-
-
-
金光院
-
-
-
蓮池(兜之池)
-
-
-
極楽橋
-
-
-
WC
-
-
-
熊谷堂
-
-
-
蓮池院
-
-
-
佛教大学黒谷学寮
-
-
-
南門
-
-
-
紫雲墓地
-
-
-
松樹院
-
-
-
勢至院
-
-
-
御廟
-
-
-
崇源院供養塔(江姫の墓)
-
-
-
五劫思惟阿弥陀如来像
-
-
-
石段
-
-
-
文殊塔
-
-
-
参道
-
-
-
竹内栖鳳の墓
-
-
-
西雲院
-
-
-
紫雲石
-
-
-
会津藩殉職者墓地
-
西門側
-
-
西門
-
-
-
超覚院
-
-
-
西住院
-
-
-
光安寺
-
-
-
善教院
-
-
-
浄源院
-
-
-
駐車場
-
-
-
瑞泉院
-
-
-
紫雲庵
-
-
-
長安院
-
北門側
-
-
北門
-
-
-
駐車場
-
-
-
参道
-
-
-
顕岑院
-
-
-
栄摂院
-
-
-
龍光院
-
-
-
永運院
-
-
-
西翁院
-
周辺
-
-
陽成天皇神楽岡東陵
-
-
-
吉田山荘
-
-
-
宗忠神社
-
-
-
東本願寺岡崎別院
-
金戒光明寺(黒谷)の主な年間行事・カレンダー
年中行事
- 1月元旦
修正会
- 1/25
御廟参拝
- 2月25日前後(法然上人の月命日前後)
浄梵式
- 3月彼岸結願日
彼岸会
- 4/22~4/25
御忌大会
- 5月最終日曜
納骨追善大法要
- 7月
暁天講座
- 7/20
常白忌
- 9/22
放生会
- 9月彼岸結願日
彼岸会・信空忌
- 11/2
吉備観音大法要(吉備大祭)
- 11月中~12月上
秋の特別公開・夜間拝観(ライトアップ)
- 12/25
得度式・御身拭式
- 12/31
除夜の鐘