恵美須神社(京都ゑびす神社) 京都観光

恵美須神社(京都ゑびす神社)

恵美須神社(京都ゑびす神社)

「えべっさん」の名で親しまれる商売繁盛の社

ゑびす神を祀る日本三大えびすの一つで都七福神まいりの一つ。 鎌倉初期に臨済宗の祖・栄西が建仁寺建立の際に鎮守として創建。 毎年1月8~12日の十日ゑびすでは商売繁盛の吉兆笹を求める多くの参拝者で賑う。 中国より無事帰国した栄西の故事にちなみ旅ゑびすとして交通安全のご利益も

恵美須神社(京都ゑびす神社)とは?(基本データ)

名前
恵美須神社(京都ゑびす神社)(えびすじんじゃ(きょうとゑびすじんじゃ))
エリア
祇園・東山
ジャンル

寺社 交通安全 商売繁盛 都七福神 夏越祓・茅の輪 火焚祭 初詣 節分祭 ご供養さん 神楽・湯立神楽

建立・設立
1202年(建仁2年)、建仁寺の鎮守社として創建
応仁の乱後、建仁寺再建の際に現在地に移転
創始者
栄西(えいさい・ようさい)
祭神
八代言代主大神(やえことしろぬしのおおかみ)
大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)
少彦名神(すくなひこなのかみ)
ご利益
商売繁盛・家運隆昌・旅行安全
例祭
例大祭・神幸祭(5月第3日曜)
神紋・社紋
丸に三つ柏
札所等
都七福神(ゑびす神)
アクセス
  • 京阪本線「祇園四条」駅下車 東へ徒歩約6分
  • 阪急京都線「河原町」駅下車 東へ徒歩約8分
  • 京都市営バス「河原町松原」(4・17・80・205号系統)下車 徒歩約5分
  • 京都市営バス「四条京阪前」(12・31・46・80・急100・201・203・207・臨号系統ほか)下車 徒歩約5分
  • 京都バス「四条京阪前」(16・21・23・41・43・63・64・65系統)下車 徒歩約5分
  • 京阪バス「四条京阪」(83・84・85・86・87・88系統ほか)下車 徒歩約5分
  • 京阪バス「河原町松原」(82・84・85・86・87・88系統ほか)下車 徒歩約5分
駐車場
自家用車2台分 無料
拝観料
無料
お休み
無休
拝観時間
8:30~17:00(御宝印受付16:30まで)
住所
〒605-0811
京都府京都市東山区大和大路通四条下ル小松町125
電話
075-525-0005
FAX
075-525-0015
公式サイト
京都ゑびす神社
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恵美須神社(京都ゑびす神社)の地図

恵美須神社(京都ゑびす神社)のみどころ (Point in Check)

京都市東山区大和大路通四条下ル、鴨川を渡って四条通の南側、建仁寺の西側を南北に通る大和大路通沿いにある神社。

七福神の一つで「商売繁盛」の守り神として知られる「恵美須神(ゑびす神)」を祀り、「商売繁盛で笹もってこい」のかけ声が境内に響く中で多数の応募者の中から選ばれた50人の福娘が奉仕する大阪の「今宮戎神社」、一番福を目指して境内を駆け抜ける開門神事「福男選び」で有名な兵庫県の「西宮神社」と並んで「日本三大ゑびす」と称され、「京のえべっさん」として市民から親しまれています。

鎌倉初期、前土御門天皇の時代の1202年(建仁2年)に臨済宗の祖として知られる栄西(えいさい)が建仁寺の建立にあたってその鎮守社として創建したのがはじまり。

1191年(建久2年)、栄西が宋からの帰国の途中で暴風雨に遭い遭難しかけた所を、海上に恵美須神(ゑびす神)が現れ、その加護により難を免れたことから厚く信仰するようになったと伝わっています。

ちなみにこの栄西が無事に帰国した故事にちなみ、航海の安全(海上交通安全)・旅行安全のご利益でも知られおり、「旅えびす」とも呼ばれています。

かつては建仁寺の境内に祀られていましたが、室町時代の1467年((応仁元年)~1477年(文明9年)に「応仁の乱」の戦火により建仁寺が焼失した際、その再建に際して現在地に移転。
現在まで地域住民の産土神として崇敬を集めています。

「えべっさん」といえば、何といっても1月10日とその前後に行われる「十日ゑびす」が有名です。
西日本では一般的な行事として知られていて、恵比須神社(京都ゑびす神社)においても1月8日~12日の「十日ゑびす(初ゑびす)大祭」では、縁起物の「福笹」を求める多くの参詣者が連日連夜にわたって詰めかけます。

期間中は行事も多彩で、「招福まぐろ奉納」や東映太秦映画村の2人の女優が駕籠に乗り込み、神社を参拝に訪れる「宝恵かご社参」、「映画村女優による福笹の授与」や祇園の「舞妓による福笹と福餅の授与」などが行われるほか、大和大路通では交通規制が行われ、屋台も出て大変な賑わいとなります。

また秋にはゑびす大神が海にお帰りになる「十日ゑびす大祭(初ゑびす)」と対をなし、海からおいでになられた旧暦の9月20日(現在の10月20日)に執り行われるという「二十日ゑびす大祭(ゑびす講)」も開催されるほか、正月から1か月の間京都の7つの寺社で開催される「都七福神」めぐりは、室町時代に京都で民間信仰として日本で最初に七福神信仰はじまった京都の新春の恒例行事として知られ、恵比須神社(京都ゑびす神社)もその一つに選ばれています。

その他にも境内には古くなった財布や名刺の供養のため築かれた「名刺塚」および「財布塚」があり、「名刺塚」はパナソニックの創業者・松下幸之助(まつしたこうのすけ 1894-1989)の揮毫によるものとして知られ、また「名刺塚」では毎年9月の第4日曜に出世して不用になった自分の名刺や、頂いたものの不用になった相手の名刺を焚き上げる「名刺感謝祭」が開催されています。

最後に恵比須神社(京都ゑびす神社)には一風変わったユニークな参拝方法が行われていることでも知られています。

一つ目は二の鳥居の上部の扁額部分には、恵美須神(ゑびす神)の顔と熊手も一緒にあしらわれた「福箕(ふくみ)」が付けられていますが、ここに向かってお賽銭を投げ入れ、上手く入る願いが叶うといわれています。

ちなみに「箕(み)」とは穀物をふるい殻やごみを降り分けるための籠状の農具のことで、「十日ゑびす大祭」では「福熊手(ふくくまで)」で福をかき集めて「福箕(ふくみ)」ですくい取るとして授与される縁起物の一つとして人気があります。

ただし「十日ゑびす大祭」の期間中は、混雑解消のため、白い布で覆われてお賽銭を投げられなくしてあります。

もう一つが本殿の正面向かって左側の壁に設けられた「たたき板」で、「優しくトントンと叩いて下さい」という掲示もなされており、参拝者は本殿にお参りした後、神妙な面持ちで板を優しく叩いてから手を合わせていきます。

これは恵美須神(ゑびす神)が、かなりの高齢であり耳が遠く、本殿前の鈴を鳴らすだけでは気が付かない心配があることから、お参りに来たことを叩いて知らせるもので、古くから風習として行われているといいます。

恵美須神社(京都ゑびす神社)の施設案内

アクセス

境内は鴨川を四条大橋で渡った祇園エリアの南側、四条通より南にあります。

四条大橋から四条通を八坂神社のある「祇園」交差点へ向かって歩いて最初に南北を通るのが「大和大路通」で、この交差点を右折して南へしばらく進むと、道沿いの左手に鳥居が姿を見せます。

四条大橋の西詰にある阪急「河原町駅」からも、東詰にある京阪「祇園四条駅」からも徒歩数分で行ける距離で、交通アクセスは恵まれた場所にあるといえます。

境内

一の鳥居をくぐるとすぐに冠木門、そしてえびす神の顔が印象的な福箕のついた二の鳥居、その向こうに本殿と、入口より西へ一直線に参道が続いています。
その参道の両脇に社務所や授与所、手水舎などが続いていきます。

本殿の向かって左手(南側)には、入口から手水舎、社務所、十日ゑびすの際の吉兆笹授与所、神楽殿、十日ゑびすの際の縁起物(吉兆)授与所、ゑびす神に参拝したことを伝えるたたき板、神馬舎、御鳳輦蔵と続き、西門から境内の外に出ることができます。

一方本殿の向かって右手(北側)には、名刺塚と財布塚、えびす像2つ、そして小松天満宮、白太夫社、岩本社、北野天満宮遥拝所、猿田彦神社、八幡神社などの末社が奥まで続いていきます。

境内はそれほど広い訳ではないため、参拝するのに長時間かかることはないかと思われます。

周辺

大和大路通を挟んで向かいにある「建仁寺」は、恵比須神社(京都ゑびす神社)が元々はこの寺の鎮守社として創建され、境内の中に祀られていた経緯もあり、深い関係のある寺院です。

一方西側には宮川町通が南北に通っており、「宮川町」の花街とも近い距離にあります。また建仁寺のすぐ北を通る「祇園甲部」の花街やお茶屋、料亭などが数多くある花見小路通とも目と鼻の先にあり、華やかな町並みの中に鎮座しています。

観光名所であり繁華街である祇園の中心部にあることから、一緒に回る寺社なども数多くあり、またお店の数も多く、一日いても飽きることはないエリアです。

一の鳥居~本殿

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    一の鳥居

     

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    石標

    鳥居右に

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    看板

    鳥居右に

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    冠木門

     

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    参道

     

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    二の鳥居

     

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    福箕

    えびすの顔と熊手

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    本殿

     

境内左側(南側)

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    手水舎

    龍の手水口

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    社務所

     

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    吉兆笹授与所

     

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    神楽殿

     

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    縁起物(吉兆)授与所

     

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    たたき板

    本殿南

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    神馬舎

     

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    御鳳輦蔵

     

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    西門

     

境内右側(北側)

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    名刺塚

     

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    財布塚

    松下幸之助

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    財布塚と名刺塚の手前左にある小さい社

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    えびす像

     

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    えびす像

     

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    授与所?

     

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    小松天満宮

    足止め天神とも

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    なで牛

     

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    白太夫社

    子宝祈願の信仰

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    朱印所?

     

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    岩本稲荷明神社(岩本社)

    岩本稲荷大明神
    平安時代の歌人在原業平を祀る

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    北野天満宮遥拝所

     

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    猿田彦神社

     

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    八幡神社

     

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    非常口

     

さざれ石?

関連

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    建仁寺

     

周辺

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    京阪祇園四条駅

     

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    阪急河原町駅

     

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    宮川町歌舞練場(京おどり)

     

恵美須神社(京都ゑびす神社)の主な年間行事・カレンダー

年中行事

1/1
歳旦祭(さいたんさい)

新年を祝い皇室の弥栄と国の益々の発展を祈るとともに、氏子崇敬者と地域社会の平和と繁栄を祈願する
ちなみに古くより日本では日の出とともに一日が始まるとされ、お正月も本来は1月1日の日の出とともに始まるとの考えから、恵美須神社では大晦日の夜は閉門し、元旦の初日の出とともに開門される

1/8~1/12
十日ゑびす大祭(初ゑびす)(とおかえびすたいさい)

「えべっさん」の愛称で有名な、西日本では一般的な行事として知られる祭典
ゑびす神として親しまれている「言代主大神(ことしろぬしのおおかみ)」の生まれた1月10日の寅の刻(午前4時頃)を祝う
古くより京の町衆に親しまれており、江戸時代の京都案内「都林泉名勝図会」にもその賑やかな様子が描かれているという
1月10日とその前後2日の計5日間にわたって行われ、商売繁昌・家運隆昌を祈願した「吉兆笹(福笹)」を求める多くの参詣者が連日連夜にわたって詰めかける
神楽殿において終日巫女による「神楽」の奉納が行われ、祓い清められた「吉兆笹(福笹)」の授与を受けた後、縁起物の大宝・福俵・福箕・福熊手・福鯛・宝船・宝来などを求め、自分の好きなように笹につけていく
また名誉宮司・中川清の原画による干支の絵馬やお札・お守り・福銭・小判などの授与のほか、境内の露店では熊手や人気笠なども販売されている
期間中は行事も多彩で、「招福まぐろ奉納」や東映太秦映画村の2人の女優が駕籠に乗り込み、神社を参拝に訪れる「宝恵かご社参」、「映画村女優による福笹の授与」や祇園の「舞妓による福笹と福餅の授与」などが行われる
また四条通と大和大路通が交差する南側には「十日ゑびす」と大書されたゲートが立てられ、そこから南へかけての大和大路通は交通規制が行われ、屋台も立ち並び大変な賑わいとなる

[1/8]招福祭
湯立て神楽神事、餅つき神事
[1/9]宵ゑびす祭
招福まぐろ奉納、宝恵かご社参、祭典執行
[1/10]十日ゑびす大祭(初ゑびす)
宝恵かご社参、東映女優による福笹の授与、祭典執行
[1/11]残り福祭
舞妓さんによる福笹と福餅の授与・祭典執行
[1/12]撤福祭
祭典執行
※9日と11日深夜まで夜通し開門
※福娘による福笹の授与は期間中随時、また宝恵かご社参は1/9・1/10で開催される年もある

1/8・1/9
(1/9・1/10)
宝恵かご社参(ほえかごしゃさん)

華やかな芸者姿の東映太秦映画村の女優が松竹梅と紅白に飾った籠(かご)に乗りこみ、「宝恵かご、ほい」掛け声勇ましく京都ゑびす神社へと参拝する
本殿への参拝し玉串を奉納した後、神楽殿で吉兆笹(福笹)の授与、御神酒を頂いた後、一般参拝者向けの記念撮影の時間も取られる
行事がすべて終了すると再び籠に乗り込んで神社を後にし、その後は順次、祇園のお茶屋やデパート、商店、銀行などを訪問し、吉兆招福の福笹を配って回る
恵比寿神社(京都ゑびす神社)は宮川町のすぐそばにあり、江戸時代には旦那衆が競うように芸舞妓を引き連れて社参していたのが起源で、一時は人手不足などの理由で途絶えたが、1978年(昭和53年)に東映太秦映画村の協力で復活した
行事は年によって1/8・1/9か1/9・1/10のどちらかの日程で開催される

1/8
湯立て神楽神事(ゆだてかぐらしんじ)

1月8日の「招福祭」の14:00より、祭典の冒頭にを飾る神事
巫女が釜で煮立てた湯に笹の葉を浸し、周囲に勢いよく飛ばして境内を祓い清める
この釜湯を浴びると一年間無病息災に過ごせると言われている

1/8
餅つき神事(もちつきしんじ)

湯立て神楽に引き続いて行われ、数名の神職が交替で餅をつき、出来上がった餅を巫女たちが一斉に丸めていく
餅は神前に供えられた後、1月11日の「残り福祭」にて祇園舞妓の奉仕による「福笹・福餅授与」の際に参拝者に振舞われる

1/9
招福まぐろ奉納(しょうふくまぐろほうのう)

1月9日の「宵ゑびす祭」の日に開催
奉納された大きさ約2mの立派なまぐろが本殿の神前に供えられた後、9:00より神職巫女一同が集まって神事が行われる
以前はお賽銭を投げてまぐろに貼りつくと、お金が「身につく」とされていたが、現在は投げられないように網が張られている

1/10
東映女優の奉仕による福笹の授与

1月10日の「十日ゑびす大祭(初ゑびす)」の当日の11:00~12:00と13:00~14:30の2回、町娘姿の東映太秦映画村の女優による福笹の授与が行われる

1/11
舞妓さんの奉仕による福笹と福餅の授与

1月11日の「残り福祭」の14:00~16:00に祇園町、20:00~22:00まで宮川町の舞妓による福笹と福餅の授与が行われる
福餅は1/8の「餅つき神事」にてつかれたもの

2月節分の日
節分祭(さつぶんさい)

17:00より、本殿にて悪魔払いの神事の後、神主・巫女による福豆まき・福豆の授与が行われる
当日は幸福茶(コブチャ)の無料接待も

5月第3日曜
例大祭(れいたいさい)並びに神幸祭(しんこうさい)

ゑびす神の「お渡り」といい、子供神輿3基と大人神輿1基が氏子36か町を巡行する「神輿渡御(みこしとぎょ)」が中心の祭典
氏子地域には花街の宮川町もあるため、行列を見送る舞妓さんの姿を見かけることができる場合も

6/30
夏越の大祓式(なごしのおおはらえしき)

「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」とは、新年より半年の間、生活して行く上で知らず知らずのうちに犯してしまった罪や穢れを祓い清める夏の恒例行事
境内に設置されている「芽の輪」をくぐることで身を清め、家内安全・無事息災を祈願する
17:00より本殿前に設置された直径約3mの「茅の輪」をくぐり抜け、悪疫諸病退散や商売繁盛、交通安全を祈願する
持ち帰り用の茅(かや)も用意されており、上手に小さな茅の輪を作り持ち帰る地元民の姿も見られる

9月第4日曜
名刺感謝祭(めいしかんしゃさい)

不要になった名刺を供養し、新しい名刺の前途を祈願する祭典
古くなった名刺を捨てるのは忍びないとか、人から受け取った名刺は捨てにくいとの声を受けて1978年(昭和53年)に境内に「名刺塚」が建立されて以来行われている
ちなみに名刺塚は吉村紡績(現ヨシボー)の創業者・吉村孫三郎(よしむらまごさぶろう 1884-1989)の筆によるもの
14:00より出世して肩書きが変わり使われなくなった自分の名刺や、頂いて不用になった相手の名刺、業者が印刷ミスをした名刺など、全国から寄せられた古い名刺を焚き上げる「お焚き上げ」が行われ、一般参拝者も参加できる(2016年は約2万枚が供養された)

10/19~10/20
二十日ゑびす大祭(ゑびす講)(はつかえびすたいさい(えびすこう))

ゑびす大神が海にお帰りになる「十日ゑびす大祭(初ゑびす)」と対をなし、海からおいでになられた旧暦の9月20日(現在の10月20日)に執り行われる祭典
元々は栄西が始めた京都独自のお祭りだったが、江戸初期に京都や近江の呉服屋を中心とした行商人たちにより「ゑびす講」として全国に広まったという
彼らは年末年始は京都や近江で過ごして翌年の商いの準備をし、1月10日の十日ゑびすにお参りして商売繁盛と道中安全を祈願した後、江戸を中心に商い、その後旧暦の9月20日頃に再び地元に戻り、ゑびす神をに「お礼参り」をして旅の無事と商売繁盛に感謝を捧げた
ちなみに京都ではこの日にすまし汁に小判を形どった「はんべい」と、笹の葉を形どって斜め切りした「青ねぎ」を入れた「はんぺい汁」を食べる風習があるが、現在でも古い商家や旧家を中心に残っているという

期間中は商売繁盛の縁起物の福笹やお礼、お守り、交通安全お守りなどが授与される
また次年度の暦および宮司の原画による干支絵馬の授与も始まる
恒例の「はぎれ市」も祭の2日間境内で開催

10/19の18:00より「宵ゑびす祭」
10/20の14:00より「二十日ゑびす大祭(ゑびす講大祭)」
10/20の14:30より「生間(いかま)流包丁式(式庖丁)」の奉納(開催されない年も)
2日とも9:00開門~19:00閉門

11/16
御火焚祭(おひたきさい)

14:00より「湯立神楽」を奉納の後、各信徒崇敬者の氏名を書いた「片木(へぎ)」を「庭燎(にわび)」で焚き上げて家内安全・無病息災・商売繁盛を祈願する
当日参拝者にはその年に取れた米で造られた御神酒「白酒」の授与も行われる

12/31
大祓式(おおはらえしき)並びに除夜祭(じょやさい)

「大祓式」では人々がこの1年の間、生活して行く上で知らず知らずのうちに犯してしまった罪・穢れを祓い清め、来る新年の家内安全・無事息災を祈願する
「除夜祭」は大晦日の夜から元旦にかけて執り行われる除夜の神事で、行く年の無事に感謝し来る年の安全を祈願する

関連行事

1/1~1/31
都七福神めぐり(みやこしちふくじんめぐり)

「七福神(しちふくじん)」とは、恵美寿神(えびすじん)、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、弁財天(べんざいてん)、福禄寿神(ふくろくじゅじん)、寿老神(じゅろうじん)、布袋尊(ほていそん)の7人の神様のことを指し、幸運をもたらす福の神として信仰されている
日本で最初に民間信仰として七福神信仰がはじまったのは室町時代の京都でのことで、それが全国に広がっていったことから、京都は「七福神発祥の地」とされている

「七福神めぐり」は、京都市内の七福神を祀る7つの寺で構成された札所を巡拝し、各寺で授与される御宝印を集めて幸運を祈願する風習のこと
とりわけ新春の七福神めぐりは「七難即滅、七福即生極まりなし」といわれ、一年で一番功徳が大きいとされる
そして「都七福神めぐり」とは、七福神めぐりの中でも最も歴史が深く日本最古の七福神めぐりとされ、正月から1ヶ月の間、福運を授かろうとする多数の参拝客で賑わう

このうち恵比須神社(京都ゑびす神社)は「えびす神」にあたる寺社
「えびす神(ゑびす神)」は「古事記」「日本書紀」に登場する国造りの神「伊耶那岐命(イザナギノミコト)」と「伊耶那美命(イザナミノミコト)」の子供で漁業の神
七福神の中では唯一の日本古来の神
口髭と顎髭ににこやかな笑顔と大きな福耳が特徴的で、右手に釣り竿、左手に鯛を持つ姿が一般的

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