六孫王神社 京都観光

六孫王神社

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六孫王神社

源頼朝や徳川家康も六孫王の末裔、清和源氏発祥の宮

清和天皇の孫で天皇の六男・貞純親王を父に持つことから六孫王と呼ばれる源経基を祀る。 経基の嫡子で創建者の源満仲が後に清和源氏の武士団を形成したことから「清和源氏発祥の宮」を称する。源氏三神社の一つ。 境内から満仲の誕生水や児ノ水などの名水が出るほか、春は桜の名所として有名

六孫王神社とは?(基本データ)

名前
六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)
エリア
京都駅
ジャンル

寺社 名水 茶の湯都七名水 眼病 商売繁盛 必勝祈願 縁結び 十六社朱印 鳳輦・神輿 火焚祭

建立・設立
963年(応和3年)
創始者
源満仲(源経基嫡子)
祭神
六孫王大神(ろくそんのおうおおかみ)(源経基(経基王)を指す)
天照皇大御神(あまてらすすめおおみかみ)
八幡大神(はちまんおおかみ)
ご利益
子孫繁栄、家運隆昌、出世や勝負、恋愛、安産など
例祭
10月体育の日(宝永祭)
神紋・社紋
牡丹紋
札所等
京都十六社朱印めぐり
アクセス
  • JR「京都」駅下車 中央口より西へ徒歩約15分
  • 京都市営地下鉄烏丸線「京都」駅下車 中央口より塩小路通を西へ徒歩約15分
  • 近鉄京都線「京都」駅下車 中央口より塩小路通を西へ徒歩約15分
  • 京都市営バス「六孫王神社前」(16号系統ほか)下車すぐ
駐車場
自家用車30台分 参拝者無料
拝観料
無料
お休み
無休
拝観時間
境内自由
住所
〒601-8471
京都府京都市南区壬生通八条角
電話
075-691-0310
FAX
075-681-4370
公式サイト
六孫王神社
六孫王神社 Twitter
六孫王神社 京都十六社朱印めぐり

六孫王神社の地図

六孫王神社のみどころ (Point in Check)

京都府京都市南区、東寺のやや北側、京都駅にほど近い八条壬生に鎮座。
平安中期の創建で、第56代・清和天皇の孫で、「清和源氏」の始祖とされる源経基(みなもとのつねもと)を主祭神として祀る神社です。

ちなみに「六孫王」は経基の通称で、清和天皇の六男・貞純親王を父に持つことから、六男の「六」と清和天皇の「孫」ということでそう呼ばれたといいます。
経基は15歳の時に元服して源の姓を賜わり、先例に従い臣籍に加えられたといい、「承平・天慶の乱」では東国・西国の追討使として現地に派遣され、凱旋の後に鎮守府将軍に任じられた人物です。

元々この地はその経基が生前に「八条亭」と呼ばれる邸宅を構えた場所。
そして961年(応和元年)、臨終に臨み「霊魂滅するとも龍(神)となり、西八条の池に住みて子孫の繁栄を祈る故にこの地に葬れ」と遺言したといいます。

それを受けて963年(応和3年)、経基の子・源満仲(みなもとのみつなか・みちなか)が、遺言に従って邸宅跡に霊廟を建て、墓前に社殿を造営したのがはじまりとされ、本殿の背後には現在も経基の石積の廟(墓石)が残されています。

その後この地は「六ノ宮権現(ろくみやごんげん)」、あるいは今昔物語では「六の宮」などと呼ばれ、芥川龍之介の「六の宮の姫君」や与謝野蕪村らの作品に登場するとともに、小泉八雲の「怪談」でも「弁天の同情」と題して不思議な夫婦の出会いの話が描かれていることで知られています。

鎌倉時代には暗殺された夫を弔うために出家した3代将軍・源実朝の妻・本覚尼が、この地に「遍照心院(へんしょうしんいん)(現在の大通寺)」を建立した際にその鎮守社となります。

広大な敷地と庭園のほか、7つの塔頭寺院を有し、源氏の流れを組む足利幕府によって手厚く保護されたといいますが、「応仁の乱」の兵火で社領を失うなどして衰退し、経基の墓所だけが残されたといいます。

しかし江戸時代に入ると、同じく清和源氏を祖とする徳川幕府によって再興。
現在の本殿・拝殿などの建物は5代将軍・徳川綱吉の時代、1700年(元禄13年)から1707年(宝永4年)にかけて再建されたもので、1701年(元禄14年)には正一位の神階と権現号も授けられています。

その後は江戸幕府の滅亡とともに衰微し、明治に入ると「神仏分離令」によって大通寺とも分離されることとなりました。
ちなにに大通寺は、1911年(明治44年)に境内が国鉄の鉄道用地となったため、世界遺産・東寺のある九条大宮の交差点やや南側に移転されています。

この点、神社を創建した源満仲が清和源氏の武士団を形成したことから「清和源氏発祥の宮」といわれ、多田神社(兵庫県川西市)、壺井八幡宮(大阪府羽曳野市)と共に「源氏三神社」の一つとされており、王の後裔として、源義家・頼光・頼政・木曽義仲などを排出したほか、鎌倉幕府を開いた源頼朝は8代後の子孫にあたるといいます。

また足利・新田・細川・島津・山名・今川・明智・小笠原・徳川らの守護大名や戦国武将も多数輩出しており、後世の歴史に大きな影響を与えました。

境内中央の「神龍池(しんりゅういけ)」と呼ばれる池を中心に社殿が配され、池の傍らに鎮座する「誕生水弁財天社」は満仲誕生の際、井戸上に安産を祈願して琵琶湖の竹生島より弁財天を勧請したゆかりの社。
誕生の際に産湯に使ったと云う「満仲の誕生水」もあり、子授け・安産のご利益で知られるとともに、「京都七名水」の一つにも数えられています。

行事としては毎年10月体育の日に開催される「例祭」が有名で、江戸時代の神社の再興が元禄年間より始まり宝永年間に完成したことにちなんで「宝永祭」の別名を持つ祭礼です。
都の東西南北を守護する四神にちなんだ「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の4匹の鬼が行列を先導する露払いの役割を務めることで知られています。

近年は桜の名所として有名で、境内では「染井吉野」や「紅枝垂桜」、一重桜、八重桜などのほか、咲き始めは薄黄緑色で少しずつ薄紅がさし、咲き終わりにピンクに染まる「鬱金(うこん)」や、紅白の桜とはまったく異なる黄緑色の花を咲かせる遅咲きの八重桜「御衣黄(ぎょいこう)」などの珍しい品種を楽しむこともできます。

また経基はことのほか牡丹を好み、邸宅に牡丹を植え、その花園が嵯峨まで続いているほどであったとの言い伝えから、牡丹は神紋にもなっており、それにちなんで近年植えられたという牡丹の花を、桜の時期が終わった頃に、拝殿周辺で見ることができます。

更に境内の神龍池には神の使いである大きな鯉が泳ぎ、中央には太鼓橋が架かっていますが、鯉は恋に通ずるとして橋はいつしか「鯉(恋)の架け橋」と呼ばれるようになり、良縁成就を願いながら渡ると願いが叶うといわれ、今日ではパワースポットとしても注目を集め、「縁結び」のお守りも人気を呼んでいます。

この他にも八幡大菩薩は足利尊氏が祈願したことで知られ、その後に室町幕府を開いたことから「勝運・出世開運」の神として信仰を集めています。

六孫王神社の施設案内

 

境内

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    八条壬生

     

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    入口

     

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    石標

     

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    枝垂桜

     

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    戦没者慰霊碑

     

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    駐車場

     

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    南鳥居

     

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    一の鳥居

     

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    参道

     

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    六孫王会館

     

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    鯉魚塚

     

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    二の鳥居

     

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    睦弥稲荷

     

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    誕生水弁財天社

     

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    義仲誕生水

     

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    神龍池

     

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    太鼓橋

     

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    御衣黄桜

     

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    八重桜

     

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    唐門(拝所)

     

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    神馬舎

     

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    牡丹

     

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    拝殿

     

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    本殿

     

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    源経基神廟

     

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    相殿

     

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    回廊

     

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    手水舎

     

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    社務所

     

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    兒水不動明王

     

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    児水

     

周辺

関連

六孫王神社の主な年間行事・カレンダー

年中行事

1/1
元旦祭

 

1月第2日曜
成人式・とんど祭

 

2/3
節分祭

 

3月春分の日
祖霊祭

 

4月第2日曜
源氏祭(崇神会さくら祭)

 

6/13
弁財天御開帳祭

 

6/30
夏越の祓祭

 

9月秋分の日
祖霊祭

 

10月体育の日
宝永祭(例祭) 神幸祭

江戸時代の神社の再興が元禄年間より始まり、宝永年間に完成したことにちなんで「宝永祭」の別名を持つ
神霊が遷された神輿が氏子区域を巡行する神幸列を中心とし、都の東西南北を守護する四神にちなんだ「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の4匹の鬼が先導する露払いの役割を務めることで知られる
12時半頃よりの神事の後、13時頃より太鼓などの奉納行事を経て神社を出発、八条壬生から八条通を東へ進み、大宮八条から大宮通を南へ進み、途中東寺の五重塔の前を通過
九条大宮から更に南へ進み、「神仏分離令」によって分離されるまでその鎮守を務めた大通寺(遍照心院)にて般若心経を受けた後、更に氏子区域を練り歩き、17時頃に神社へと還御する

11月
七五三詣

 

11月第3日曜
御火焚祭(おひたきさい)

大根だき

12/31
除夜祭

 

月並行事

毎月1日
家運隆盛・子孫繁栄祈願祭・育児健育祈願祭

 

花ごよみ

 
桜(サクラ)

 

 
藤(フジ)

本殿横に藤棚

 
山吹(ヤマブキ)

 

 
躑躅(ツツジ)

 

 
牡丹(ボタン)

 

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