駈馬・流鏑馬 京都の伝統行事

駈馬・流鏑馬 (Kakeuma Yabusame)

 

 

イベント名 エリア スポット名 ポイント
下鴨神社 流鏑馬神事 京都御所 下鴨神社 葵祭の神事
「糺の森」にて疾走する馬上から3か所ある的をめがけて矢を射る神事
藤森神社 駈馬神事 伏見・桃山 藤森神社 祭神の1柱である桓武天皇の弟・早良親王が781年(天応元年)に陸奥の反乱に対して征討将軍の勅を受け、藤森神社に祈誓出陣された際の擬勢を象ったものといわれる古い歴史を有する
乗り手が馬を駆りながら馬上で勇壮かつアクロバティックな7種類の妙技を披露することで知られ、1983年(昭和58年)に京都市の無形民俗財にも指定された
時間は13:00からと15:00からの2回で、場所は境内の南参道よりスタートし、拝殿前まで全速力で駆け抜ける
2回目の駆馬行事が終わる16:00頃には、鼓笛隊を先頭に武者行列が氏子地域の巡行を終えて境内へと凱旋する

「手綱潜り」敵矢の降りしきる中を駈ける
「逆乗り(地藏)(さかのり)」後方の敵の動静を見ながら駈ける
「矢払い」敵矢を打払いながら駈ける
「横乗り」敵に姿を隠して駈ける
「逆立ち(杉立ち)」敵を嘲りながら駈ける
「藤下がり」敵の矢に当たったと見せて駈ける
「一字書き」騎乗しながら「寿」や馬の字を左右逆にした「左馬」などの文字を書いて駈ける
城南宮 城南宮流鏑馬 鳥羽・竹田・淀 城南宮 流鏑馬(やぶさめ)は疾走する馬上から3枚の的に鏑矢(かぶらや)を射る日本の伝統行事の一つ
平安後期の1096年(永長元年)の藤原宗忠の日記「中右記(ちゅうゆうき)」に記された白河上皇が城南離宮で催した流鏑馬が、史料に残る最も古い記述とされることから、城南宮が「流鏑馬発祥の地」ともいわれている
また城南祭では平安後期には神輿の巡行だけでなく、流鏑馬や競馬も行われていたという
1221年(承久3年)年5月14日、鎌倉幕府より権力を取り戻そうとした後鳥羽上皇が「流鏑馬揃え」を名目に諸国の兵を集めたことが発端となった「承久の乱」を契機に途絶えていた
2005年(平成17年)に東京の倭式騎馬會(わしききばかい)によりおよそ800年ぶりに復活
その後は概ね3年に一度開催されており、直近では2016年に開催されている
参道201mに砂を盛った即席の馬場で時代装束をまとった射手が参道を疾駆しながら馬上から三つの的を目掛けて矢を放つ
上賀茂神社 白馬奏覧神事 北山・上賀茂 上賀茂神社 年始に白馬(青馬)を見ると一年の邪気が祓われるという宮中の儀式「白馬節会(あおうまのせちえ)」に由来する神事
神前に七草粥を供え、神馬(神山号)をを神覧に供し除災招福を祈願
牽馬の儀は12:00、13:00、14:00、15:00にも
二ノ鳥居前にて上賀茂神社婦人会奉仕により厄除けを願う七草粥接待も(有料)
10:00
上賀茂神社 賀茂競馬
(競馬会神事)
北山・上賀茂 上賀茂神社 葵祭の神事で、平安時代の1073(寛治7年)に堀河天皇が宮中の武徳殿の競馬の儀式を移して奉納したという古い歴史を持つ
赤装束(左方)と黒装束(右方)を身に着けた乗尻(のりじり)と呼ばれる騎手のまたがる馬がそれぞれ左右に別れ、約400mある馬場を駆け抜けて馬の速さと作法を競って天下泰平・五穀豊穣を祈願
14:00
上賀茂神社 笠懸神事 北山・上賀茂 上賀茂神社 笠懸は日本書紀にも登場する日本古来の弓馬術
1214年(建保2年)に後鳥羽天皇の賀茂社行幸の際に行われた記録があるといい、2005年(平成17年)に800年ぶりに再興された
武田流弓馬道奉仕により境内の芝生にて疾走する馬上から的をねらう勇壮な神事
40cm四方の的を射る遠笠懸と、馬の足元に設けられた10cm四方の的を射る小笠懸がある
13:00

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