若宮八幡宮(左女井八幡)

若宮八幡宮(左女井八幡)
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基本情報 Basic Info

名前
若宮八幡宮(左女井八幡) (わかみやはちまんぐう(さめがいはちまん))
エリア
ジャンル
創建
1053年(天喜元年)
1605年(慶長10年)、清水焼発祥の地である五条坂の地に移転された後も、町民の厚い信仰によって旧地に小社として残される
創始者
[創建] 源頼義
[勅願] 第70代・後冷泉天皇
祭神
応神天皇(おうじんてんのう)
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
神功皇后(じんぐうこうごう)
ご利益
厄除け・安産・美人祈願・縁結び
例祭
9月第1日曜(若宮まつり)
神紋・社紋
 
住所
〒600-8314
京都府京都市下京区若宮町26(若宮通新花屋町上る)
電話番号
-
アクセス
駐車場
休業日
 
参拝時間
境内自由
料金
無料
公式サイト

若宮八幡宮(左女井八幡)のみどころ Point in Check

京都市下京区若宮通新花屋町上る若宮町、若宮通と新花屋町通の交差点のやや北側に鎮座する神社で、五条坂にある若宮八幡宮(陶器神社)の旧鎮座地に新たに祀られた八幡宮。

「若宮八幡宮」は平安後期の1053年(天喜元年)(1058年(天喜5年)とも)、第70代・後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう 1023-68)の勅願により、八幡太郎の名で有名な源義家(みなもとのよしいえ 1039-1106)の父にあたる源頼義(みなもとのよりよし 988-1075)が六条醒ヶ井(さめがい)の邸内(現在の西本願寺の北東付近)に、八幡の若宮として石清水八幡を勧請し創建されたのがはじまり。

この点、平安時代は五条大路までが都の市街地で、その南側の六条の地は堀川館をはじめ頼義・義家の館、更にその東には後に源義経が居を構えるなど、長く源氏の邸宅があったことで知られていて、六波羅や西八条を本拠とした平家と覇を争っていました。

そして室町期1540年代の百科事典「拾芥抄(しゅうがいしょう)」には「八幡若宮義家宅」の書き入れがあるほか、「古事談」にも「六条若宮はかつて源頼義が邸宅の家向に構えた堂に始まる」とあるように、頼義・義家の崇敬厚く、広い境内と立派な社殿を持って栄えていたといい、このことから当初は「六條八幡(ろくじょう)」「左女井八幡(さめがい)」とも呼ばれていました。

1190年代の「吾妻鏡」によれば1187年(文治3年)正月15日に六条以南、西洞院以東の一町の左女牛御地、すなわち現在地を中心とした一区画を社地として寄進されたとあり、同年6月18日には「放生会」を施行すべき沙汰があり、同年8月15日に鎌倉八幡宮とともに放生会を行ったのが今日の祭事の始まりだといいます。

その後も鎌倉時代には源頼朝をはじめとする源氏一族や有力御家人など多くの武士から、また室町時代には御所八幡宮とともに足利歴代将軍の崇敬を集めるなど隆盛を極めたといいますが、「応仁の乱」により社殿は荒廃すると、1584年(天正12年)に秀吉による京都改造事業により御旅所のあった東山への移転を経て、江戸初期の1605年(慶長10年)に清水焼発祥の地である五条坂下の現在地に移されました。

更に1949年(昭和24年)に陶祖神・椎根津彦命(しいねつひこのみこと)が合祀されて以降は「陶器神社」の愛称で陶器関連業者や京都市民の間で親しまれるようになり、現在は毎年8月7から10日まで開催される「五条坂陶器まつり」が開催される神社としてよく知られています。

椎根津彦命の祭礼「若宮祭」が斎行されるとともの、陶器でできた「陶器神輿」の巡行も行われるほか、その協賛行事として陶磁器業者が中心となり盛大な「陶器市」が開かれ、夏の京都の風物詩の一つとなっています。

一方東山に移転される前の六条の旧地はその後しばらくは西本願寺の寺域とされていましたが、江戸時代に入ると町内の住人によって新たに若宮八幡宮が祀られることとなり、現在も住宅地に挟まれる形で小さな社殿が建立され地元住民の手で守り続けられているほか、「若宮町」や「若宮通」といった地名にも往時の名残りをとどめています。

若宮八幡宮(左女井八幡)の
年間行事・カレンダー
Event Calendar

年中行事

9月上旬の日曜

若宮まつり

子ども神輿と稚児行列のほか、和太鼓の奉納演奏
前日土曜日 宵宮
夜店 15:00頃~21:00
当日日曜日 本祭
祭典 11:00
神輿出発 12:00
夜店 ~20:00

若宮八幡宮(左女井八幡)の口コミ Google_Reviews

若宮八幡宮
4.224件のクチコミ
Google Maps
1 年前

2024年2月4日に参拝しました。 住宅街の中にある小さな神社ですが、平安時代に創建された歴史ある神社です。 付近一帯は、源氏の邸宅(頼義・義家・義経など)があった場所で、敷地内に構えたお堂に石清水八幡宮を勧請したのが始まりのようです。 数度の焼失を経て荒廃するも、現在は東山の五条坂(清水寺付近)に移り、「陶器神社」としても知られています。 こちらの跡地には、江戸時代、町民によって新たに若宮八幡宮が祀られ社殿が建立されたそうです。 ※ 鳥居のすぐ横に監視カメラが、、、何かあったのかな?

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4 年前

義経の祖先、源頼義が天喜元年(1053)に創建したという。当初は六条の八幡、さめがいの八幡と呼ばれ、源氏の一族や多くの武士の信仰の厚い神社だったらしい。 ここも応仁の乱で焼失、その後足利義輝、義昭が再建も規模が縮小、時を経て慶長10年(1605)に現在地に移転、現在の社殿は承応3年(1654)に再建されたものと有ります。 その昔、義経が拠点とした"六条堀川の館"が近くに有り、今は京の3名水と呼ばれた"佐女牛井"の跡だけが残っています。六条御境の石碑と駒札も有るが読めないわ😢 この時期は草が大きく伸びてね、それが郷愁を誘うかも?源氏所縁の場所を訪ねての看板にも幕、普通は見落しする。今は源氏マニアしか立ち寄らない場所だな。 六条の館の再現が風俗博物館に有るから興味ある人はどうぞ✋

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5 か月前

若宮通花屋町の交差点を北に行った東側にある神社が「若宮八幡宮」になります。 鳥居横に「若宮八幡宮」ときざまれた社号標がある。この側面に「此附近八幡太郎源義家誕生地」と刻まれています。 私は、一回目の訪問できずかなかった。再度、探しに来てわかったくらいなので、ここに「八幡太郎源義家誕生地」の石碑があると知らないときずき難いと思う。 境内の北側に鮮やかな朱色の鳥居がある。これが末社「正一位若宮稲荷大明神」になる。南側にはお手水舎がある。竜頭より水が水盤にでている。 ◇若宮八幡宮は、源頼義が後冷泉天皇の勅を奉じて文武の神、治山治水の神、長寿の神として創建された。 六条八幡・左女井八幡といわれて町民に信仰されましたてきた神社です。 応仁の乱などにより荒廃しました。その後、天正11年(1583年)には東山へ移り、さらに慶長10年(1605年)に現在地である五条坂下に移された。なお左女牛の跡地には、江戸時代になって町内の住人によって新たに若宮八幡宮が祀られました。 ◇境内は狭いですがしっかりと手入れされています。ただ、気になるのが鳥居の監視カメラです。もう少し参拝者から見えないところに付ければ良いのにと思う。監視されながらの参拝で嫌な感じがした。 鳥居の横に掲示板が有り、神社関係の記事や資料が貼って有ります。 2026年5月再訪

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8 年前

源頼義の邸址と伝わる。その子、「八幡太郎」義家の生誕地とも伝わるらしいが、義家については、河内・壷井八幡宮が生誕地として有力。当地小学校区の奉賛会が奉仕されているようだが、掃除も行き届いており、清々しい。 若宮通に面した掲示板の、源氏系図に明らかな誤りがあります。修正していただけたら…。

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