芹根水跡

芹根水跡
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基本情報 Basic Info

名前
芹根水跡 (せりねのみずあと・せりねすいあと)
エリア
ジャンル
建立
堀川の脇にあった湧水で、洛中七名水の一つにも数えられ、文人墨客や茶道家などにも広く愛用された
宝暦年間(1751-64)に書家・烏石葛辰が堀川通木津屋橋の地に石碑を建立
1914年(大正3年)、堀川の改修に際して濁水が混入し用をなさなくなる、井筒も失われて石碑のみが護岸中に残された
1982年(昭和57年)、堀川の暗渠工事の際に現在地に石碑が移される
住所
〒600-8238
京都府京都市下京区木津屋橋通堀川西入下る東側(西堀川通塩小路上る)御方紺屋町
電話番号
-
アクセス
駐車場
休業日
特になし
見学時間
見学自由
料金
なし
公式サイト

芹根水跡のみどころ Point in Check

下京区木津屋橋通堀川西入下る東側、旧安寧小学校の西側、堀川通の一筋西側を南北に走る西堀川通の木津屋橋通と塩小路通のちょうど中間あたりにある「洛中七名水」の一つであった「芹根水跡」を示す石碑。

「芹根水」は堀川の脇にあった湧き水で、古くより「洛中七名水」の一つとして知られ、室町期には能阿弥(のうあみ)によって「茶の七名水」の1つにも数えられて多くの茶人たちに愛されたといいます。

堀川と同じ位の水位だったため、江戸中期の宝暦年間(1751-64)には湧き出る芹根水に堀川の水が入らないように洛中の名水の保存と顕彰に努めた書家・松下烏石(鳥石葛辰(うせきかつしん 1700-79)が寄進した井筒で囲まれていたといい、傍らには現存する烏石が「芹根水」と刻んだ石標も立っていました。

それを裏付けるように江戸後期の1780年(安永9年)に刊行された京都名所の案内本「都名所図会」によれば、「芹根水は堀川通木津屋橋の南にあり。近年書家烏石蔦辰(うせきかつしん)、清水に井筒を入れて、傍には芹根水の銘みづから(中略)書して石面に彫刻す云々」と記されており、当時は京の名所としても知られていたと考えられます。

しかし1914年(大正3年)の堀川改修の際に濁水が混入して用をなさなくなり、井筒や石標もいつしか見えなくなったといいます。

一方の堀川もこの区間では現在は暗渠(あんきょ)となって付近の地下を流れており、我々が目にすることはなくなりましたが、1982年(昭和57年)、その堀川暗渠工事に先立って烏石が宝暦年間に建てた「芹根水」の石標が河中より発見されて引き揚げられ、元々石碑があった堀川通木津屋橋よりもやや南西の旧安寧小学校の西の現在地に場所を移して建てられています。

芹根水跡の施設案内 Facility Info

境内

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    「芹根水」の石標

    西堀川通に建つ
    惜しくも年銘はないものの、江戸中期の宝暦年間(1751-64)に書家・烏石葛辰が堀川通木津屋橋の地に建てたものと考えられている

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    芹根水の碑の説明板

     

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    文房四神之碑

    烏石の書による

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    文房四神之碑の説明板

     

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    西堀川通

     

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    梅ケ枝手水鉢

    西堀川通木津屋橋角

周辺

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    堀川通

     

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    旧安寧小学校

     

芹根水跡の
年間行事・カレンダー
Event Calendar

芹根水跡の口コミ Google_Reviews

芹根水の碑
3.45件のクチコミ
Google Maps
5 か月前

旧安寧小学校の西側の生垣内にあるのが「芹根水の碑」になります。文房四神碑と並び立つています。 芹根水は、堀川通木津屋橋下るの堀川沿いに湧いた水で京の七名水の一つになります。 芹根水は、もともと堀川西岸のこの辺りにあった(清水町)井戸だったそうです。しかし、大正3年(1914年)の「堀川」改修で濁水が混入するようになり井筒も失われてた。その後、昭和57年(1982)年の堀川暗渠工事の際に碑が現在地に移された。井戸は無くなりこの碑だけが残されました。 2026年3月再訪 5年ぶりくらいに通った。前は柵前に生垣が続き、その間に「文房四神碑」「芹根水の碑」が並び立つていました。ところが生垣が無くなりここだけ残した感がした。石碑と説明書きは無くならないでほしいなと思った。

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5 年前

もとの芹根水は堀河通り木津屋橋下るの堀河沿いに湧いた泉で、室町時代には能阿弥によって京の七名水の一つに数えられていて、『都名所図会』月見橋の次に図が見えている。川と同水位であったので松下烏石が川水が入らないように井筒を寄進して、かたわらにこの石標を建てた。 ・芹根水[臥13051]

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5 年前

碑のみあって井戸などはない。 大正に堀川の河川工事でなくなり、碑のみ残ったようだ。 右隣りに「文房四神之碑」がある。 以下は写真の看板をグーグルレンズのアプリで起こしたもの。もちろん完璧ではなかったので、添削に時間を要しました。 芹根水の碑 江戸時代後期 花崗岩(自川石) 芹根水は、むかし洛中七名水の一つに数えられた。 安永九年(一七八〇)の「都名所図会」によれば、「芹根木は堀川通木津屋橋の南にあり、近年書家烏石葛辰、清水に井筒を入れて、傍らには芹根水の銘みづから (中略)書して石面に彫刻す云々」 と記し、石の井筒から清水が湧きたして堀川に流れこむさまを図示している。 江戸時代の著者な書家、烏石葛辰(一七〇〇-一七七九)は、葛烏石、(かつら石)烏石山人とも号し、洛中名水の保存と顕彰に務めた。この碑もその代表的な一つであり、惜しくも年銘はないが、今から二百三十年前宝暦年間の製作と考えられる。 以来この名水は文人墨客、茶道家、商家一般に永く愛用されたが、時移り大正三年(一九一四)堀川改修に際して濁水混入し、井筒も失われ、独り碑のみが護岸中にのこされていた。 いま堀川暗渠工事に先立ち、碑を河中より引揚げその保存を図るも、飲水を大切にした古人の心を現代に伝えたい願いにほかならない。

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