大徳寺 瑞峯院 京都観光

大徳寺 瑞峯院

大徳寺 瑞峯院

 

 

大徳寺 瑞峯院とは?(基本データ)

名前
大徳寺 瑞峯院(だいとくじ ずいほういん)
エリア
紫野・鷹ヶ峯
ジャンル

寺社

建立・設立
1535年(天文4年)
創始者
[開基] 大友宗麟
[開山] 徹岫宗九
宗派
臨済宗大徳寺派 大徳寺塔頭
山号
 
本尊
徹岫宗九木像
寺紋
 
アクセス
  • 京都市営地下鉄烏丸線「北大路」駅下車 西へ徒歩約15分
  • 京都市営バス「大徳寺前」(1・12・急101・急102・204・205・206・北8・M1号系統)下車 徒歩約5分
駐車場
■大徳寺駐車場
├バス20台分 2,000円
└自家用車50台分 1時間まで500円、以後30分毎100円
拝観料
高校生以上 400円(団体350円)
小中学生 300円(団体300円)
※団体割引は30名以上
※団体の場合、法話希望の場合は要予約
■坐禅・抹茶
├抹茶 400円
├坐禅・抹茶とも 1,500円
└待庵見学(抹茶付) 1,500円
お休み
無休
拝観時間
9:00~17:00
住所
〒603-8231
京都府京都市北区紫野大徳寺町81
電話
075-491-1454
FAX
075-491-1858
公式サイト
大徳寺・瑞峯院庭園 京都市都市緑化協会

大徳寺 瑞峯院の地図

大徳寺 瑞峯院のみどころ (Point in Check)

京都市北区紫野大徳寺町、臨済宗大徳寺派の大本山・大徳寺の境内南側にある大徳寺の塔頭寺院。
龍源院・大仙院・高桐院とともに大徳寺塔頭で常時公開している4つの寺院の一院。

戦国時代の1536年(天文5年)、後にキリスト教の洗礼を受けキリシタン大名として知られるようになる九州の戦国大名・大友義鎮(宗麟)(おおともよししげ(そうりん) 1530-87)自家の菩提寺として大徳寺の徹岫宗九(てっしゅうそうきゅう 1480-1556)(普応大満国師)を開山に創建されたのがはじまり。

この点、徹岫宗九は戦国時代に活躍した臨済宗の僧で、大徳寺の小渓紹怤(しょうふ)に師事してその法を嗣ぎ大徳寺91世となり、第105代・後奈良天皇(ごならてんのう 1495-1557)の帰依を受けたほか、青年時代の上杉謙信(うえすぎけんしん 1530-78)に禅を指導したともいわれている人物です。

一方、大友宗麟は豊後の戦国大名・大友義鑑(おおともよしあき 1502-1550)の長男として生まれ、父の跡を継ぐと、豊後をはじめ筑後、肥後、肥前、豊前の九州の北部6か国を勢力下に置くなど全盛期を築きますが、1578年(天正6年)に薩摩の島津氏と戦って大敗した後は家臣団の分団などもあって衰退し、後に自ら大坂城に赴いて豊臣秀吉に救援を求め、1587年(天正15年)に秀吉が九州を平定したのと同じ時期に病没しています。

そして宗麟といえばキリシタン大名として有名であり、1551年(天文20年)にフランシスコ・ザビエルと面会すると、キリスト教に帰依して宣教師らを保護するとともに南蛮貿易を行って府内(大分県大分市)を西洋文化の中心地とし、またローマ教皇に天正遣欧使節を派遣したことでも知られていますが、当初は禅宗に帰依しており22歳の時に得度し、その宗麟の法名「瑞峯院殿瑞峯宗麟居士」をもって、寺号は「瑞峯院」とされたといい、境内の墓地には大友宗麟夫妻の墓も残されています。

方丈(本堂)、唐門、表門は創建当時の建物で国の重要文化財。
方丈には後奈良天皇の宸筆による「瑞峯院」の寺額を掲げています。

庭園は方丈南庭の「独坐庭」と中庭の「茶庭」、そして方丈北庭の「閑眠庭」のいずれも枯山水の庭園があり、このうち「独坐庭」と「閑眠庭」の2つの庭園はどちらも1961年(昭和36年)に昭和を代表する作庭家・重森三玲が開祖400年遠忌を記念して作庭したもの。

このうち方丈正面の庭園「独坐庭」は寺号「瑞峯」をテーマにした不老不死の世界観を表す蓬莱山式の枯山水庭園で、苔や巨石の間を波に見立てた砂紋がうねるように描かれた様子は、荒波に打ち寄せられても雄々と独坐している蓬莱山の風景を表現しているといい、どんな時でも何事にも動じない、本当の自分の境涯を体得することが、日々の修行の目的であることを悟らしめているといいます。

一方、方丈北側「閑眠庭」の中央には庭を斜めに横切るように縦に4個、横に3個の計7個の石が配され、東の端から眺めると大きな十字架を形作っているように見えることから「十字架の庭」とも呼ばれています。

また境内には複数の茶室があることでも知られていて、「安勝軒」は通常拝観、「平成待菴」は予約による拝見を受け付けており、庭を眺めながら御抹茶の接待が受けられるほか、法話や座禅も体験することができます。
そして方丈西側にある茶室「餘慶庵」では、利休忌にちなんで月命日である毎月28日に月釜が掛けられています。

大徳寺 瑞峯院の施設案内

 

境内

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    表門

    創建時のもので国の重要文化財

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    「独坐庭」の石標と駒札

    表門の手前右

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    参道

     

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    唐門

    創建時のもので国の重要文化財

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    庫裏玄関

    拝観受付
    「香積」の扁額が掛かる

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    井戸

     

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    方丈(本堂)

    創建時に建立されたもので、室町時代の方丈建築の貴重な遺構として国の重要文化財
    正面には後奈良天皇の宸筆になる寺額を掲げ、内部には開山・徹岫宗九木像を安置
    また内部の襖絵は近年の作品で、野添平米が瑞峯の院名にちなんで朝鮮の金剛山を写したもの

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    独坐庭(どくざてい)

    方丈南庭
    重森三玲の手により1961年(昭和36年)に開祖である徹岫宗九の400年遠忌に作庭されたもので、中国の高名な禅僧・百丈禅師の言葉である「独坐大雄峰」という禅語にちなんで命名
    方丈の正面(南側)に位置する不老不死の世界観を表す蓬莱山式の枯山水庭園
    大刈込と巨石で表した蓬萊山からのびる半島と小島に荒波が打ち寄せる姿を砂紋で描いており、荒波に打ち寄せられても雄々と独坐している蓬莱山の風景は、どんな時でも何事にも動じない、本当の自分の境涯を体得することが、日々の修行の目的であることを悟らしめているという

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    茶庭

    方丈の西側、方丈と餘慶庵の間の露地(中庭)
    中央にあるキリシタン灯籠の埋もれた部分には聖母マリア像が隠されているという

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    茶室「餘慶庵(よけいあん)」

    方丈西側
    表千家8代目啐啄斎の好みの席を写したもの

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    餘慶庵待合 

     

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    閑眠庭(かんみんてい)

    方丈北庭
    重森三玲の手により1961年(昭和36年)に開祖である徹岫宗九の400年遠忌に作庭されたもので、「閑眠高臥して青山に対す」という禅語にちなんで命名
    中央には庭を斜めに横切るように縦に4個、横に3個の計7個の石が配され、東の端から眺めると大きな十字架を形作っているように見えることから「十字架の庭」とも呼ばれていて、キリシタン大名・大友宗麟の思いを汲んだものとなっている

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    茶室「安勝軒(あんしょうけん)」

    方丈北庭である閑眠庭の奥
    表千家第12代惺斎好みの茶室で、大徳寺山内で唯一の逆勝手席

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    茶室「平成待庵(へいせいたいあん)」

    安勝軒の奥にある
    「山崎の合戦」で勝利した羽柴秀吉をもてなした茶室として知られる千利休の妙喜庵(待庵)写しの茶室で、1990年(平成2年)に復元されたもの

周辺

大徳寺 瑞峯院の主な年間行事・カレンダー

年中行事

 
 

 

月並行事

毎月28日(8・12月を除く)
千利休忌月釜茶会

餘慶庵にて千利休の命日にちなみ法要茶会を開催
一般参加可(有料)

花ごよみ

 
椿(ツバキ)

 

 
芒(ススキ)

 

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