南座

南座

劇場入口上の「まねき」は師走の京の風物詩

四条大橋東詰にある日本最古の劇場。 出雲の阿国がかぶき踊りをはじめた歌舞伎発祥の地に江戸初期に幕府公認で誕生した7劇場のうち唯一現存。1906年より松竹の経営に。 毎年11月末~12月末の顔見世公演が一大イベントで、歌舞伎役者の名を勘亭流で書いた看板「まねき」は師走の京の風物詩

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南座とは?(基本データ)

名前
南座(みなみざ)
エリア
祇園・東山
ジャンル

劇場・映画館・イベントホール 近代建築 鴨川

正式名
京都四條 南座
建立・設立
1603年(慶長8年)春、出雲阿国が京の四条河原で阿国かぶきを創始(歌舞伎の起源)
元和年間(1615~1623年)、京都所司代・板倉勝重が四条河原に7つの櫓を許可(南座発祥)
1892年(明治25年)、南座の向かいにあった北座が四条通の拡張に伴い閉鎖となり南座のみに
1906年(明治39年)、白井松次郎・大谷竹次郎兄弟の松竹の経営に
1929年(昭和4年)、現在の由緒ある櫓を備えた桃山風破風造の劇場が竣工
1991年(平成3年)、外観はそのまま残し設備・内装などの大改築が行われる
1996年(平成8年)、国の登録有形文化財として登録
紋章
松竹の社章
「南」という文字を明快に削ぎ落とした造形に「南座の外観」を連想させる形を融合したというシンボルマーク
公式キャラクター
みなみーな
アクセス
  • 京阪本線「祇園四条」駅下車 6番出口すぐ
  • 阪急京都線「京都河原町」駅下車 1番出口より徒歩3分
  • 京都市営バス「四条京阪前」(12・31・46・80・急100・201・203・207・臨号系統ほか)下車 徒歩約3分
  • 京都バス「四条京阪前」(16・21・23・41・43・63・64・65系統)下車 徒歩約3分
  • 京阪バス「四条京阪」(83・84・85・86・87・88系統ほか)下車 徒歩約3分
駐車場
京都市鴨東駐車場を利用
└普通車131台 30分毎200円(2:00~7:00は60分毎200円)
24時間
TEL:075-551-2034
拝観料
公演によって異なる
お休み
不定休(公演による)
拝観時間
公演によって異なる
切符売場営業時間 10:00~18:00(年末年始を除く)
住所
〒605-0075
京都府京都市東山区四条通大和大路西入中之町198(四条大橋東詰)
電話
075-561-1155
0570-000-489(チケットホン松竹)
FAX
075-531-6222
公式サイト
京都四條 南座 松竹株式会社
南座 Twitter
南座 Facebook
京都南座 Instagram
京都四條南座 歌舞伎美人

南座の地図

南座のみどころ (Point in Check)

京都府京都市東山区中之町、四条川端東入る南側、四条河原町から四条大橋を渡って八坂神社方面へ行く途中、鴨川に架かる四条大橋の東詰南側にある、主に歌舞伎を上演する劇場。

松竹が経営する劇場で、正式名称は「京都四條南座(きょうとしじょうみなみざ)」。
外観に桃山風の意匠を取り込んだ地上4階地下1階の近代建築は、国の登録有形文化財にも指定されています。

南座のある鴨川の四条河原の地は、室町期から田楽や猿楽の勧進興行がたびたび催されていた芸能の地でした。
戦乱の世が続いた「応仁の乱」の後は一時途絶えますが、江戸初期、慶長年間(1596-1615)の1603年(慶長8年)には出雲の阿国が「かぶき踊り」を披露して衆目を集めたことで知られ、同地は「歌舞伎発祥の地」とされ、現在四条大橋の東詰北側にはそれを顕彰して出雲の阿国が建立されています。

そして元和年間(1615-24)には、京都所司代によって公許、すなわち公に許可された幕府公認の芝居小屋が四条通に面して南側に3軒、北側に2軒が向かい合い、大和大路上ル常盤町にも2軒と、計7座存在していたといい、南座もその7つの櫓(やぐら)の一つでした。

その後火事での焼失や興行の中心が大坂に移ったことなどから、7座は統合・廃絶されてその数は次第に減少していき、江戸中期、元禄年間(1688-1704)の初めには四条通の南北の「南の芝居(南座)」と「北の芝居(北座)」、大和大路の西の「西の芝居」の3座となります。
更に残った3座のうち「西の芝居」は1794年(寛政6年)の大火後は再建されず2座となり、南座の向かいにあった北座も明治中期の1892年(明治25年)の四条通の拡張に伴って閉鎖され、その結果、南座のみが残されることとなりました。

ちなみに座名については古くは座本名で呼ぶのが慣例で一定しませんでした(主な名代は都万太夫、早雲長太夫、亀屋粂之丞、布袋屋梅之丞ら)が、幕末には四条通の南側にあったことから「南の芝居」「南側の芝居」と呼称され、この劇場だけが生き残ることとなった明治中期以後に現在の「南座」の名称が定着しました。

1906年(明治39年)には白井松次郎、大谷竹次郎の兄弟の松竹(松竹合名社)の所有・経営となり現在に至っており、元和年間(1615-23)に存在した七つの櫓の伝統を現在に伝える唯一の劇場であると同時に、同一の場所で今日まで興行を続けてきたという意味では、日本最古の劇場であるといいます。

現在の建物は1929年(昭和4年)に建築されたもので、木造時代の桃山式、破風(はふ)造りで古風な櫓(やぐら)の外観を残しつつ、鉄筋コンクリート造の近代的建築となりました。

その後1991年(平成3年)に当時の松竹株式会社会長・永山武臣による大規模改築が行われ、京都の歴史的景観に溶け込むよう桃山風の外観はそのままに内部の全面改修を行い、最新設備を整えた近代劇場となり、同年11月に「新装開場記念 吉例顔見世興行」が催されています。

1996年(平成8年)には国の登録有形文化財に登録され、後に京都市の歴史的意匠建築物にも指定されています。

そして2016年(平成28年)1月に一時休館し、耐震補強をはじめとする改修工事が進められた後、2018年(平成30年)11月の吉例顔見世興行にてリニューアルオープンとなり、同月には錚々たる顔ぶれの歌舞伎役者たちが集結し「南座新開場祇園お練り」が開催され話題を集めました。

京都唯一の歌舞伎劇場であり、毎年毎年11月末日から12月末まで行われる「吉例顔見世興行」は戦中も一度も絶えることなく続いている年中行事で、京都の冬の風物詩として知られています。

そして役者の名前を勘亭流で書いた「まねき」と呼ばれる白木の看板が劇場の入り口上にずらりと並べられることで有名なほか、各花街の芸舞妓たちが観劇に訪れる「花街総見」も有名です。

また2018年のリニューアルオープンでは、客席をフラットにすることで大きなステージへと変身させる機能が追加され、歌舞伎以外にも各種の商業演劇やイベントが数多く開催・上演されるようになっています。

南座の主な年間行事・カレンダー

年中行事

6月下

都の賑い(みやこのにぎわい)

6月に南座で開催される祇園甲部・先斗町・宮川町・上七軒・祇園東の五花街の合同伝統芸能特別公演
1994年(平成6年)から毎年行われ、各花街の芸舞妓約80名がが一堂に会し、夢のような舞台を繰り広げる京都の初夏の風物詩
五花街がそれぞれに趣向を凝らした演目を披露した後、呼び物の合同演目「舞妓の賑い」では五花街から各4人ずつ、総勢20人の舞妓が勢揃いし、華麗な舞を披露する
開催期間中の夕方からは京都市内の京料理の老舗料亭5店舗やホテルを会場に花街ごとのお座敷が設けられ、芸妓・舞妓のおもてなしによる宴が楽しめる「五花街の夕べ」も開催される

11/25

まねき上げ

吉例顔見世興行に合わせて南座の入口正面に出演する役者たちの名前を記したまねき看板が掲げられる京都の冬の風物詩。
「隙間がないほど大入りになるように」との願いを込めてく丸みを帯びた「勘亭流」と呼ばれる書体で書かれる。

11/30~12/26

吉例顔見世興行(きちれいかおみせこうぎょう)

 

12月初

花街総見(かがいそうけん)

興行中の5日間、祇園甲部・宮川町・先斗町・上七軒・祇園東の各花街の芸妓・舞妓が、芸事の勉強を兼ねて揃って観劇する恒例行事。
舞妓たちは餅花とまねきの花簪(かんざし)を差し、好きな役者のサインを入れてもらう習わしがあるという。

南座の口コミ

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