西本願寺伝道院

西本願寺伝道院
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基本情報 Basic Info

名前
西本願寺伝道院 (ほんがんじ でんどういん)
エリア
ジャンル
建立
1912年(明治45年)、真宗信徒生命保険株式会社の社屋として建築され、以後銀行、京福電鉄の事務所、研究所、診療所など様々な用途に用いられる<br>
1973年(昭和48年)、「本願寺伝道院」となり僧侶の教化育成の道場となる<br>
1988年(昭和63年)5月2日、京都市指定文化財に指定<br>
2014年(平成26年)、国の重要文化財に指定
設計者
[設計] 伊東忠太
[建築] 竹中工務店
住所
〒600-8345
京都府京都市下京区東中筋通正面下ル紅葉町
〒600-8346
京都府京都市下京区油小路通正面下る玉本町
電話番号
075-371-5181(西本願寺)
075-371-5241(西本願寺)(FAX)
アクセス
駐車場
休業日
内部は通常非公開
公式サイト

西本願寺伝道院のみどころ Point in Check

京都市下京区東中筋通正面下ル紅葉町・同区油小路通正面下る玉本町、西本願寺から堀川通を挟んで東側にある正面通入口の西本願寺総門をくぐった先、仏具屋などが建ち並ぶ門前町を少し進んだ所にあるレンガ造りの近代的建築物。

1912年(明治45年)、東京帝国大学教授・伊東忠太(いとうちゅうた 1867-1954)の設計、竹中工務店の施工により建築。

伊東忠太は山形県米沢市出身の建築家・建築学者で、日本の古建築や中国・インドの遺跡を調査し、法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示し、日本建築史学を樹立。
また国宝保存会委員として文化財の保存にも尽力したほか、東京の築地本願寺や明治神宮、京都の平安神宮などの有名な寺社仏閣の建築物の設計を手がけたことでも知られています。

1908年(明治41年)には「日本建築も建材に石材や鉄材を使用し、その建築様式は欧化でも和洋折衷でもなく、木造の伝統を進化させることにより生み出さなければいけない」という「建築進化論」を提唱し、日本の建築界に大きな影響を与えました。

当建造物はこの「建築進化論」の考え方を明確に表現した初期の代表的な作品で、レンガ造りの2階建にヴィクトリア朝風のレンガ造りのドームという外観は古典様式基づくものの、細部にインド風の意匠やイスラムの建築様式であるサラセン洋式、日本の伝統的な洋式が用いられていて、日本とインドなどのアジア、および西洋が三位一体となった形となっています。

そして当初は「本館」のほか「付属室」「倉庫」の2棟、「物置、人力車置場、便所」「屋根付伝ひ廊下」が建っていたといいますが、現在は「本館」のみが残されていますが、建設当時の外観や間取り等にほとんど変化はなく、創建当時の姿が維持保全されているといい、日本の近代建築の発展を知る上でも貴重な史料であるとして、1988年(昭和63年)5月2日に「京都市指定文化財」に指定。

その後、2011年(平成23年)、宗祖親鸞聖人750回大遠忌法要を機に修復工事が行われた後、2014年(平成26年)には「国の重要文化財」にも指定されています。

元々は1895年(明治28年)4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として使用されていましたが、その後は時代ともに銀行、京福電鉄の事務所、浄土真宗本願寺派布教研究所、1958年(昭和33年)から1973年(昭和48年)までは貧者施療を目的として設立された「あそか診療所」と用途を変え、1973年(昭和48年)から「本願寺伝道院」となり、現在は僧侶の教化育成の道場として使われているそうです。

そのため内部は通常は非公開ですが、シンボルとなるドーム屋根やレンガ造りの建物などの外観だけでも十分に見学に値するほか玄関前の車止めの石柱に掘られた妖怪・怪獣風の石像なども見どころで、建築ファンからひそかに人気を集めているほか、過去には「京都国際映画祭」や「和食の祭典」など、本願寺にてイベントが開催された際に会場として使用され、内部が一般公開されることもあるようです。

西本願寺伝道院の施設案内 Facility Info

伝道院

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    建物外観

     

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    正面玄関

     

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    説明板

     

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    玄関前の車止めの石柱

    石像が彫られていて、妖怪好きであったという伊東忠太ならではの妖怪・怪獣風の意匠となっている

周辺

西本願寺伝道院の
年間行事・カレンダー
Event Calendar

西本願寺伝道院の口コミ Google_Reviews

本願寺伝道院
4.2113件のクチコミ
Google Maps
4 か月前

西本願寺の総門から正面通の小道に入り、ものの2、3分歩けば赤煉瓦造りのレトロな建物が目に入ります。 見た目だけだと浄土真宗のものとは思えませんが現在、西本願寺の研修道場に使用されています。 内覧は出来ませんが、建物を囲むようにある石柵柱の上にある神獣?の石像を見てるだけで面白いし、西本願寺に参拝するなら少し寄り道しても損はない建造物だと思います。 なお、こちらは国の重要文化財に指定されています。

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1 か月前

築情報 竣工年|1912(明治45)年 用途|事務所 構造・規模|煉瓦造・地上2階、一部3階 設計|伊東忠太 施工|竹中組(現・竹中工務店) 文化財情報  重要文化財 世界各地の建築様式を折衷した、鬼才・伊東忠太の代表作「本願寺伝道院」を特別公開。赤レンガや縦長窓は西洋風ですが、よく見ると寺院建築の「斗栱」という組物や、飛鳥様式の人字型デザインが使われています。ドームを囲む柱はギリシア風、真ん中が尖った窓は日本の花頭窓にも、インド・イスラム様式にも見えます。床の一部には、アラベスクを思わせるタイルの幾何学模様も。仏教を世界宗教として捉えようとする、明治以降の西本願寺の思想を見事に表現した建築です。他に類を見ない、奇想の建築を堪能してください。

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7 か月前

本願寺伝道院は、西本願寺 御影堂門の東にある、ちょっと隠れた名建築スポットです。明治時代に建てられたもので、レンガ造りにインド風の屋根、そして細部の装飾には仏教モチーフが散りばめられています。 残念ながら中に入ることはできませんが、外観を眺めるだけでも十分楽しめると思います。

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9 か月前

本願寺伝道院 西本願寺へ向かう途中東側に京都には似合わない洋風の建物があり 気になったので先にそちを見に行ってみました 赤レンガ造りの建物が総門前から見えます 建物の前に説明書きがありそちらから1895年(明治28年)4月に真宗信徒生命保険会社の社屋として建てられて 今は本館のみではありますがしっかりと残っています 建築進化論を明確に表現した建物で重要文化財に指定されています 内部は見学出来ませんが 現在は僧侶の布教、研修に使われているそうです。 西本願寺に来られたら 是非こちらにも足を運んで頂いてまた違った歴史を感じて欲しいですね

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5 か月前

写真の撮影日時は2026.05.16(土)17:06。恥ずかしながらこの建物の前(横)を初めて通過した。以下に本願寺伝道院の基本データを記す。参考として Wikipedia の本願寺伝道院、鵜飼長三郎、久原房之助など。すべて敬称略。最寄りは JR 及び京都市営地下鉄京都駅。場所的には西本願寺総門前を堀川正面方面に向けて(横断歩道を)渡り、そのまま直進すると右側にある。東西本願寺の周辺には仏壇・仏具、仏教関係の書籍・経本等を扱う店が多数存在する。珠数屋町など、取り扱う(または生業を表す)町名が現在も使用されている。合掌 本願寺伝道院… 旧名称・真宗信徒生命保険株式会社本館※現・T & D フィナンシャル生命保険 設立年・明治28(1895)西本願寺により。 用途・本願寺布教研究所→研修所 旧用途・保険会社社屋 設計者・伊東忠太※現在は建築家・鵜飼長三郎が図面を書き、必要に応じて伊東忠太が助言を行ったという研究結果がある。(建築史家・倉方俊輔先生の研究) 施工・竹中組(現・竹中工務店) 構造様式・煉瓦造、クイーン・アン様式だが、随所にインド・中国風などの意匠が折衷され、結果的に印度仏教様式建築物と言える。また、インド・イスラーム建築風であるとの評価もある。(※倉方俊輔先生評) 建築面積・627.70㎡ 階数・地下 1 階・地上 2 階(一部 3 階) 着工・明治42(1909)11.29 竣工・明治45(1912)01.31 文化財指定及び登録日・平成26(2014)09.18 〈用途の変遷〉 大正3(1914)社名変更 大正5(1916)財務整理のため、有力門徒・久原房之助に譲渡 大正10(1921)本社機能を停止(本社を京都から東京へ移転のため) その後、大正年間~第二次世界大戦終結後まで、神田銀行→京都電燈→京福電気鉄道、関西電力と変遷し、昭和33(1958)本願寺布教研究所の施設として用いられ始めた。 鵜飼長三郎… 明治7(1874)甲戌歳07月~没年不明 生誕地・奈良県奈良市転害門内東入ル雑司町 没地・不明 職業・建築技師、建築家 建築物・二楽荘(現・兵庫県東灘区本山、現存せず。跡地は霊法会(霊友会系教団)が管理し、教団外者の入場は厳しく管理されている~ Wikipedia の二楽荘の項参照) 久原房之助… 明治2.06.04~昭和40.01.29 (1869.07.12~1965.01.29) 享年96 墓所・大谷本廟内 出生地・長門国阿武郡萩城下唐樋町(現・山口県萩市) 没地・自宅※現・八芳園(東京都港区白金) 出身校・東京商業学校(現・一橋大学)、慶應義塾本科(現・慶應義塾大学)※いずれも卒業 前職・実業家、久原財閥総帥など 所属政党・立憲政友会→無所属〈以下略、合掌〉 ※本願寺伝道院は、現在特別拝観以外は拝観不可

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