上七軒歌舞練場(北野をどり) 京都観光

上七軒歌舞練場(北野をどり)

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上七軒歌舞練場(北野をどり)

芸舞妓が暮らす京都最古の花街・上七軒にある劇場

北野天満宮東側の京都最古の花街・上七軒にある劇場で、芸舞妓が日頃より稽古に精進し春には「北野をどり」、秋には「寿会」の舞踊公演も行われる。 1897年頃に建設の後、何度かの増改築を経て1951年に現在の姿となり、2009年には京都市の「歴史的風致形成建造物」に指定。 舞踊公演の他にも夏にはビアガーデンなども開催される

上七軒歌舞練場(北野をどり)とは?(基本データ)

名前
上七軒歌舞練場(北野をどり)(かみしちけんかぶれんじょう(きたのおどり))
エリア
北野・西陣
ジャンル

花街 劇場・映画館・イベントホール 茶会・献茶祭

建立・設立
室町時代の1444年(文安元年)、北野天満宮の社殿の修築時に残った資材を使い、お参りする人の休憩所として東門前に七軒の茶店を建てたのがはじまり(京都の花街では最古)
1587年(天正十五年)8月10日、豊臣秀吉による「北野大茶会」の際に七軒茶屋が秀吉の休憩所に充て名物の御手洗団子を献上、その褒美として七軒茶屋にて御手洗団子を商う特権と山城一円の法会茶屋株が公許されたのがお茶屋「上七軒」のはじまり
1897年(明治30年)頃、「上七軒歌舞練場」建設、その後何度かの増改築を経て、1951年(昭和26年)に現在の姿に
1952年(昭和27年)、北野天満宮1050年の大萬燈祭を記念して「北野をどり」が初演され、以後年中行事として定着
2001年(平成13年)、上七軒を含めた周辺一帯が「上京北野界わい景観整備地区」に指定
2009年(平成21年)11月、上七軒歌舞練場が京都市の「歴史的風致形成建造物」に指定
2010年(平成22年)、前年の歴史的風致形成建造物の指定を受けて上七軒歌舞練場の大規模改修工事が行われる
花街
上七軒(北野天満宮の東側、千本釈迦堂の西側)
舞踊
花柳流(はなやぎりゅう)
春の公演
北野をどり(3/25~4/7)
秋の公演
寿会(ことぶきかい)(10/8~10/12)
紋章
五つ団子
アクセス
  • 京福電鉄(嵐電)北野線「北野白梅町」駅下車 徒歩約10分
  • 京都市営バス「上七軒」(10・50・51・55・203号系統)下車 徒歩約3分
  • 京都市営バス「北野天満宮前」(10・50・51・55・急101・急102・203号系統)下車 徒歩約3分
  • JRバス高雄・京北線「北野」下車 徒歩約3分
  • 名神高速道路「京都東IC」より約20分
駐車場
付近に民間・市営の駐車場あり
タイムズ上七軒
└普通車9台 40分200円(22:00~8:00 60分100円、最大料金700円)
24時間
拝観料
催しにより異なる
お休み
催しにより異なる
拝観時間
催しにより異なる
住所
〒602-8381
京都府京都市上京区今出川通七本松西入真盛町742 上七軒お茶屋協同組合
電話
075-461-0148
FAX
075-461-0149
公式サイト
上七軒歌舞会
上七軒歌舞会 Twitter
上七軒歌舞会 Facebook
上七軒匠会
おおきに財団 財団法人京都伝統伎芸振興財団
日本舞踊 花柳流

上七軒歌舞練場(北野をどり)の地図

上七軒歌舞練場(北野をどり)のみどころ (Point in Check)

京都市上京区の学問の神様として知られる菅原道真を祀る北野天満宮の東側に位置する京都最古の花街「上七軒」にある歌舞練場。

今出川通と七本松通の交差する「上七軒」の交差点から、地図上は斜め左上、北西の「北野天満宮」の「東門」前まで続く「上七軒通」全体が花街になっています。

室町中期の1444年(文安元年)に北野天満宮の社殿が一部焼失した際、その修築時に残った資材を使って東門前に七軒の茶店を建て、天満宮を参拝する人の休憩所としたのがはじまりとされており、現存する京都の花街の中では最古の歴史を有しています。

その後1587年(天正十五年)8月10日に豊臣秀吉により「北野大茶会」が開かれますが、その際に七軒茶屋が秀吉の休憩所に充てて名物の御手洗団子(みたらしだんご)を献上し大いに秀吉を喜ばせ、褒美として七軒茶屋にて御手洗団子を商う特権と山城一円の法会茶屋株(営業権)が公許されました。
これがお茶屋街のはじまりであり、またこの由緒を象った「五つ団子」は現在の上七軒の紋章にもなっています。

その後は近くにある西陣織で知られる西陣の奥座敷として、その発展と衰退の歴史とともにお茶屋の数も増減を繰り返し、最盛期には約60軒のお茶屋が存在していたといいますが、現在は10軒ほどの数になっています。

ちなみに舞妓・芸妓たちが行き交う上七軒を含めた周辺一帯は京町家の風情ある町並みが多く残されており、そのため2001年(平成13年)には「上京北野界わい景観整備地区」に指定され、景観の整備が図られている地域になります。

そもそも「舞妓(まいこ)・芸妓(げいこ)とは、唄や踊り、三味線などの芸で宴席に興を添えることを生業とする女性の事をいいます。

舞妓とは芸妓になる前の15~20歳くらいまでの見習い期間をいい、通常は舞妓として約5年間修行した後に芸妓になります。

ちなみに舞妓になるまでにも準備期間があり、これを「仕込み(しこみ)」といいます。
花街のしきたりや京ことばなどを約1年学んだ後に「店出し・見世出し(みせだし)」をして晴れて舞妓となります。

彼女たちはそれぞれが「置屋(おきや)」と呼ばれる家に所属し、そこから「お茶屋(おちゃや)」や「料亭(りょうてい)」へ送り出され、宴席で芸を披露します。
お茶屋と料亭の違いは料理を直接提供するか否かで、お茶屋は直接提供はせず、「仕出し屋(しだしや)」から取り寄せることになります。
そしてこれらのお茶屋や置屋などが集まって形成されているのが「花街(かがい)」です。

歌舞練場(かぶれんじょう)とは、京都の花街(かがい)にある劇場のことで、芸妓・舞妓たちが歌や舞踊、楽器などの稽古をする練習場であると同時に、その発表のための場所でもあります。

現在京都には祇園甲部(ぎおんこうぶ)・先斗町(ぽんとちょう)・宮川町(みやがわちょう)・上七軒(かみしちけん)・祇園東(ぎおんひがし)のいわゆる「五花街」が現存しており、それぞれが専用の歌舞練場を持っています。

そして各花街は春と秋にそれぞれの歌舞練場を舞台に舞踊公演を行っており(祇園東のみ秋だけの公演)、芸妓・舞妓たちにとってはお茶屋や料亭・旅館などでのお座敷接待以外の主要な活動の一つとなっています。
またその他にも五花街の合同公演として6月下旬に行われる「都の賑い」も主要な舞踊公演の一つです。

ちなみにこれらの舞踊公演以外にも古くより花街に伝わる伝統行事がいくつかあり、五花街に共通したものとしては、正装の黒紋付に縁起物の稲穂のかんざしをつけて新年の挨拶を行う1月7日の「始業式(しぎょうしき)」(上七軒のみ1月9日)や、日頃お世話になっている師匠やお茶屋に感謝の気持ちを伝える8月1日の「八朔(はっさく)」、12月初旬の南座の歌舞伎の顔見世興行に芸舞妓が揃って観劇する「顔見世総見(かおみせそうけん)」、そして一年のお礼と新年に向けた挨拶をする12月13日の「事始め(ことはじめ)」は有名です。

その他にも時代祭などの京都を代表する行事のみならず、各花街独自に参加する伝統行事も多数あり、上七軒独自のものとしては北野天満宮の「節分祭」における舞踊奉納と豆まきや、2月25日の「梅花祭」における野点茶会と12月1日の「献茶祭」における副席でのお点前披露などがよく知られています。

また近年はメディアへの露出や京都市などが開催する各種イベントなどに参加する機会も増えるなど、京都の観光のシンボルとして重要な役割を果たしています。

「上七軒歌舞練場」は「上七軒」の芸舞妓たちが拠点とし、春に「北野をどり」、秋に「寿会」と呼ばれる舞踊公演を行う会場となっています。

1897年(明治30年)頃に建設され、その後何度かの増改築を経て1951年(昭和26年)に現在の姿となりました。
その後、現役で使用されている木造の劇場としては数少ない貴重な建物であることから、2009年(平成21年)11月には京都市の「歴史的風致形成建造物」に指定され、翌年にかけて大規模な改修が行われています。

「北野をどり」は1952年(昭和27年)の北野天満宮における千五十年大萬燈祭に奉賛して初演されて好評を博し、以後は年中行事となり、京の春を伝える風物詩として親しまれています。

第1部として演劇的な要素を多く取り入れストーリー性に富んだ「舞踊劇」、第2部として「純舞踊」、その後フィナーレには「上七軒夜曲」が演じられますが、「上七軒夜曲」では黒裾引摺姿に揃えた芸妓と、色とりどりの鮮やかな衣裳の舞妓が総出演し、定番の演目として毎回好評を博しています。

また歌舞練場では舞踊公演以外にも、毎年夏の7月上旬から9月初旬にかけ場内の日本庭園で「ビアガーデン」を開催しており、芸舞妓の浴衣姿を間近で拝見できるとして好評を集めています。

上七軒歌舞練場(北野をどり)の施設案内

京都最古の花街である「上七軒」は学問の神様として知られる「北野天満宮」の東側に位置し、今出川通と七本松通の交差する「上七軒」の交差点から、地図上は斜め左上、北西の北野天満宮の「東門」前まで続く「上七軒通」沿いにあります。

この上七軒通沿いを中心に10軒ほどのお茶屋と「上七軒歌舞練場」があり、歌舞練場の入口へは北野天満宮の東門の門前を南北に走る「御前通」を少し南へと下がった所にある正面口から入場する方法と、上七軒通の中ほどにあるゲートから南へと続く緩やかな坂道を下り、「光盛大明神」の前を通って正面口へと回り込む2通りの方法があります。

また一般の方でも気軽に入れる喫茶店の「茶ろん」の入口は、歌舞練場の北側、「光盛大明神」のすぐそばにあります。

アクセスは嵐電なら「北野白梅町」駅を出て、今出川通を東へ10分ほど歩いていけば到着できます。
ちなみに途中には北野天満宮前も通るので、まず北野天満宮に参拝し、本殿東側の東門を経由してアクセスするのもおすすめです。

またバスの場合は、上七軒交差点前に停車する「上七軒」バス停で下車すればすぐです。

上七軒歌舞練場

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    案内板

     

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    石畳の道

     

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    玄関

     

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    上七軒歌舞練場

    兼女紅場

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    上七軒お茶屋協同組合・上七軒歌舞会

     

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    光盛大明神

     

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    茶ろん入口

     

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    喫茶 茶ろん

    上七軒歌舞練場内にある喫茶店
    コーヒーや紅茶などのドリンクに加え、ハンバーグやポークカツなどのフードメニューもある
    芸事の勉強に来た舞妓や芸妓も利用するという
    営業時間は11:00~16:00
    定休日は木曜日のほか、北野をどり・寿会・ビアガーデン期間

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    絃好庵

    北野天満宮の東参道そば、上七軒歌舞練場の中庭にある茶室 裏千家14世・淡々斎宗匠が名付け、2006年(平成18年)に50年ぶりに改築された 茶室・・・8畳茶室 + 水屋 蹲 ・・・あり 別棟・・・食事、喫茶、広間他 【ご利用について】 ご利用可能時間・・・午前9時~午後9時

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    中庭

     

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    月極駐車場

     

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    分岐

     

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    上七軒芸妓組合

    上七軒の芸舞妓や地方(じかた)が所属する古くからある建物 舞踊の稽古もこちらで行われる

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    案内板

     

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花街(お茶屋・置屋)

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    上七軒石標

     

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    上七軒(上七軒通)

     

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    大市

     

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    藤幾(ふじいく)

     

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    さくら

    上七軒で一番新しいお茶屋

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    中里(なかざと)

    置屋を兼業、上七軒のお茶屋で一番古い歴史を持ち、多くの芸舞妓を抱える
    10月の北野天満宮の「ずいき祭り」では、玄関前に芸舞妓が勢揃いして立ち並ぶ

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    大文字(だいもんじ)

    置屋を兼業

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    梅乃(うめの)

    置屋を兼業
    2007年8月に本館をリニューアル
    2011年8月に東隣に新館をオープンしている

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    大多加(だいたか)

     

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    市(いち)

    置屋を兼業

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    大まさ

     

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    上七軒石標

     

関連

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    北野天満宮

     

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    西方尼寺

     

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    上京北野界わい景観整備地区

     

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    南座

     

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    祇園小唄歌碑

     

周辺

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    老松 北野店

     

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    京都北野郵便局

     

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    千本釈迦堂(大報恩寺)

     

その他の花街

上七軒歌舞練場(北野をどり)の主な年間行事・カレンダー

年中行事

1/9
始業式(しぎょうしき)上七軒歌舞練場

五花街で行われる新年を祝う伝統行事で、芸妓・舞妓たちのほか、花街関係者やお茶屋、置屋の女将(おかみ)らが一同に集まって行われる
祇園甲部は八坂女紅場、先斗町は鴨川学園、宮川町は東山女子学園、祇園東はお茶屋組合の2階でそれぞれ1月7日、上七軒のみ上七軒歌舞練場で1月9日の開催
主役の芸妓・舞妓たちは黒紋付三本襟足の正装で出席し、花簪(はなかんざし)の代わりに正月用の縁起物の「稲穂」のかんざしを身に着けるのがならわし
関係者と「おめでとうさんどす」と挨拶を交わし、その年の精進を誓うほか、前年の売上成績の良いお茶屋や芸妓・舞妓の表彰式も行われ、最後の締めには新年を寿ぐ舞の奉納も
始業式の開始前に凛とした姿で会場へと向かう姿や、終了後に各お茶屋などへ挨拶回りに向かう姿は年始の風物詩となっており、ともに多くのカメラを携えたギャラリーが詰めかける
上七軒では歌舞練場にて旧年のお礼と新年の挨拶を交わした後、芸妓・舞妓全員で素囃子と舞初めを行う

2/3
北野天満宮 節分祭(せつぶんさい) 奉納舞踊北野天満宮

節分は立春の前日(旧暦の大晦日)にあたり、追儺は向こう1年の災厄を祓い、病を除く祈りを込めた年中行事
北野天満宮(きたのてんまんぐう)でも節分の日の13:00より神楽殿にて「追儺式」が開催される
まず茂山千五郎社中により摂社福部社の祭神・福の神が鬼を閉じ込める「北野追儺狂言(きたのついなきょうげん)」が演じられ、続けて上七軒歌舞会の芸妓・舞妓による日本舞踊の奉納と続く
最後に出演者らによる「豆まき」が行われるが、かけ声は追い払われた鬼が都へと舞い戻らないよう「鬼は外」はなく「福は内」だけ

2/3
千本釈迦堂 おかめ節分会(おかめせつぶんえ)千本釈迦堂

千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)の本堂建築の際に、夫の大工棟梁・高次(たかつぐ)の窮地を内助の功でを助け、夫の名誉を汚さないよう自害した阿亀(おかめ)にちなんで境内に建立されたおかめ塚とともに800年にわたって伝承されてきたことから「おかめ福節分」とも呼ばれる節分行事
厄除祈願法要の後、鬼追いの儀としておかめも登場する茂山狂言社中による狂言と招福豆まきが行われ、おかめの貞淑と福徳円満、縁結び、お多福招来を祈願し、一年の厄除けを行う
一連の行事に先立ち15:00前より本堂にて上七軒の舞妓2名による日本舞踊の奉納が行われ、その後舞妓たちは堂内で加持を受ける「節分厄除祈願法要」や最後の「招福豆まき」にも参加する

2/3
節分お化け(せつぶんおばけ)

「節分お化け」とは、節分の日に仮装など普段と異なる姿に扮することで鬼を化かし、驚かして追い払う風習
平安時代にまで遡るとされている行事といわれ、節分の厄払いといえば現在では豆まきなどの追儺儀式が有名だが、京都では江戸時代から昭和初期にかけ町内を中心に盛んに行われていたという
戦後廃れてしまい、一時は花街で芸妓・舞妓が行なう行事としてのみ知られていたが、近年再び節分おばけの行事を盛り上げようという動きもみられる
花街では節分の前後3日間のみ普段の芸舞妓の格好とは違った扮装をしてお座敷を回ることが許されているらしく、お座敷でも普段とは違う特別な芸を披露したり、またお茶屋も色々な趣向を凝らしたお化けイベントを開催している
節分の夜の花街周辺では、運が良ければ仮装をした「お化け」姿の芸舞妓を目撃することができるという

2/25
北野天満宮 梅花祭(ばいかさい)北野天満宮

2月25日は北野天満宮の祭神・菅原道真の命日にあたり、梅の花をこよなく愛したその遺徳を偲んで梅花を添えた神饌を供える神事で、900年の歴史を持つという
合わせて三光門前広場では10:00~15:00に「野点大茶湯」が開催され、上七軒の芸舞妓たちの奉仕による野点の接待が華やかに行われる(芸妓がお手前、舞妓がお運びを担当)
境内では約50種1500本の梅が見頃を迎えて梅苑が公開されているほか、天神さんの日にも重なり宝物殿の公開もあることから、終日大勢の参拝客で賑わう
ちなみに「野点大茶湯」は秀吉の「北野大茶湯」の故事にちなんだもので、道真の薨去後1050年の大萬燈祭にあたる1952年(昭和27年)から始められ、現在は大変な人気を集め券を求めて行列ができることも
野点の拝復には拝復・宝物殿拝観・撤饌引換券の三連券の購入が必要となり、1/25頃より頒布が開始される

3月初~3月中
京都・東山花灯路(ひがしやまはなとうろ)

京都の夜の新たな風物詩となることを目指して、2003年(平成15年3月)から始められた「灯り」をテーマに始められたイベントで、北は青蓮院から知恩院、円山公園、八坂神社、高台寺を通り、二年坂や産寧坂を経て南は清水寺に至る約4.6kmの路地を行灯で照らす
その他にも公園や普段は夜間拝観は行っていない周辺の寺社などでもライトアップや様々な行事・イベントが開催される
花街からは祇園甲部・先斗町・宮川町・上七軒・祇園東が日替わりで八坂神社にて舞を披露する

3/25~4/7
北野をどり(きたのをどり)上七軒歌舞練場

五花街のうち、秋に開催する祇園東を除く4つの花街で行われる「春のをどり」の一つで、北野天満宮の縁日にちなみ3月25日からスタートし4月7日まで開催される上七軒最大のイベント
芸舞妓たちが日頃の稽古の成果を披露する晴れの舞台であり、他の花街のものとともに京都の春の風物詩となっている
「北野をどり」は1952年(昭和27年)の北野天満宮における千五十年大萬燈祭に奉賛して初演されて好評を博し、以後は年中行事に
第1部として演劇的な要素を多く取り入れストーリー性に富んだ「舞踊劇」、第2部として「純舞踊」、その後フィナーレの「上七軒夜曲」では黒裾引摺姿に揃えた芸妓と、色とりどりの鮮やかな衣裳の舞妓が総出演し、定番の演目として毎回好評を博している
お茶券付観覧券購入の場合は開演前に芸妓・舞妓の接待によるお茶席で抹茶とお菓子が楽しめる

6月下
都の賑い(みやこのにぎわい)南座

6月に南座で開催される祇園甲部・先斗町・宮川町・上七軒・祇園東の五花街の合同伝統芸能特別公演
1994年(平成6年)から毎年行われ、各花街の芸舞妓約80名がが一堂に会し、夢のような舞台を繰り広げる京都の初夏の風物詩
五花街がそれぞれに趣向を凝らした演目を披露した後、呼び物の合同演目「舞妓の賑い」では五花街から各4人ずつ、総勢20人の舞妓が勢揃いし、華麗な舞を披露する
開催期間中の夕方からは京都市内の京料理の老舗料亭5店舗やホテルを会場に花街ごとのお座敷が設けられ、芸妓・舞妓のおもてなしによる宴が楽しめる「五花街の夕べ」も開催される

7/1~9/5(8/14~16は休み)
上七軒ビアガーデン上七軒歌舞練場

昭和30年代から続いているという歴史を持つ上七軒の夏の恒例行事の一つ
打ち水された歌舞練場内の日本庭園にて開催され、冷えたビールや酒菜を気軽に楽しむことができる
おそろいの浴衣姿の芸舞妓が毎日総勢6名でもてなし、一見さんお断りの文化が残る花街において一般客でも気軽に来店し会話を楽しむこともできる
17:30~22:00(ラストオーダーは21:30)、夏季限定営業で、週末は特に混雑するため予約するのがおすすめだという

8/1
八朔(はっさく)上七軒

「八朔」とは、旧暦8月1日すなわち「八月朔日」を略した言葉で、古来より恩義のある人に贈り物をする風習があった
例えば農家においては、旧暦の8月頃になると早稲の穂(田の実)が実るため、その「田の実」を日頃「頼み」ごとをしてお世話になっている貴人恩人に送る風習が古くからあったといい
また江戸幕府においては、1590年(天正18年)8月1日が徳川家康が初めて江戸城に入城した日で、正月に次ぐ祝日としていたという
花街ではこの風習が今も残っており、毎年新暦の8月1日に行われる伝統行事で、舞妓・芸妓たちが日頃から芸事でお世話になっているお茶屋や師匠に、感謝の思いを伝える姿は夏の風物詩として定着している
祇園甲部のみ黒紋付三本襟足の正装で行われる

8月上
上七軒盆踊り(かみしちけんぼんおどり)月極駐車場

「西陣音頭」発祥の地で、上七軒匠会の主催により8月上旬に開催
2009年(平成21年)に復活し、地元民のみならず、舞妓・芸妓も着物や浴衣姿で盆踊りに参加する
15:30に北野天満宮楼門前にて祈祷を受けた後、16:00より屋台を開始
盆踊りは2回行われ、1回目は17:00頃より歌舞練場そばの駐車場に設置されたやぐらを中心に、2回目は18:45頃より上七軒通を往復した後、再びやぐらへと戻り20:00頃にフィナーレを迎える
1回目と2回目の間の18:15頃からは北野天満宮の氏子の若者を中心に構成された「神若会」による太鼓演奏も

10/1~10/4
北野天満宮 ずいき祭(ずいきまつり)

1年の五穀豊穣に感謝する秋の大祭で、京都の秋祭りの先陣を切る祭として有名
北野天満宮の祭神・菅原道真が大宰府で彫った木像をその没後に随行の者たちが持ち帰って祀り、秋の収穫時に野菜や穀物、果実などを供えて五穀豊穣に感謝を捧げたのが始まりと伝わる
祭の名の由来は西ノ京の神人たちがずいき(瑞饋=里芋)の茎で屋根を葺き、穀物や野菜で飾られた「ずいき御輿」を奉献したことにちなんでいる
10月4日の「還幸祭(かんこうさい)」では御鳳輦とずいき御輿がそれぞれ異なった径路で氏子区域を巡行、三条の駐輦所を経由した後、巡行の終盤には上七軒も通り、舞妓・芸妓たちが表に出て行列を出迎え、祭に華を添える

10/8~10/12
寿会(ことぶきかい)上七軒歌舞練場

「秋のをどり」は「春のをどり」とともに芸舞妓たちが日頃の稽古の成果を披露する晴れの舞台の一つで、上七軒では「寿会」として毎年10月8日から10月12日にかけ5日間開催され、2014年(平成26年)で65回目の開催となった
華やかな春の「北野をどり」とは異なり、古典ものが中心、しっとりとした雰囲気の中で上方唄や長唄などの伝統ある名曲が披露される

10/22
時代祭(じだいまつり)参加

「時代祭」は平安神宮の創建と平安遷都1100年祭を奉祝する行事として、1895年(明治28年)に初開催
明治維新により著しい衰退を見せた京都の町おこし事業の集大成として平安神宮が創建され、町おこしにかける人々の熱意の象徴として創始された
祇園祭・葵祭とともに京都三大祭の一つに数えられ、京都全市域からなる全11社の市民組織「平安講社」の運営により毎年平安遷都の日である10月22日に開催される
「時代風俗行列」は12:00より山国隊の奏する笛、太鼓の音色を先頭に行列は京都御所の建礼門前を出発、行列は8つの時代を20に分けられ約2000人が参加し、京の街を練り歩く
京をゆかりに活躍した歴史上の人物に扮した行列が、明治維新から平安京の造営された延暦寺代へと古い時代にさかのぼって登場し、最後に御鳳輦の神幸列、そして弓箭組列が続いていく
綿密な時代考証の下、京都の伝統工芸技術の粋を集めて復元された1万2000点にもおよぶ調度、衣裳、祭具も見どころ
このうち各花街(京都花街組合連合会)の芸舞妓が年交代で行列に参加するのは清少納言や紫式部、小野小町、常盤御前にが女性で唯一馬にまたがる巴御前などが登場する「平安時代婦人列」や「江戸時代婦人列」「中世婦人列」

11/23
祇園小唄祭(ぎおんこうたさい)

五花街の舞妓が年交代で行事に参加する
「祇園小唄(ぎおんこうた)」は「月はおぼろに東山」の歌詞ではじまる昭和の名曲(作曲は佐々紅華(さっさこうか 1886-1961)で、祇園をこよなく愛したという作家・長田幹彦(ながたみきひこ 1887-1964)の150万部の大ベストセラー小説「祇園夜話(ぎおんやわ)」を映画化した1930年(昭和5年)の「祇園小唄絵日傘(ぎおんこうたえひがさ)」の主題歌として大流行した
そして京舞井上流四世・井上八千代が振り付けをした花街を代表する舞踊曲でもあり、舞妓にとっては修行期間にあたる「仕込み」の頃より毎日のように舞う曲だという
「祇園小唄祭」は2002年(平成14年)より始められたこの曲を顕彰する行事で、毎年11月23日の勤労感謝の日に開催
八坂神社の隣にある円山公園の有名な祇園枝垂桜のそばにある瓢箪池の畔に建てられた歌碑「祇園小唄の碑」の前で舞妓2人が歌詞を朗読、献花を行い、この曲に対して感謝の気持ちを捧げる

12/1
北野天満宮 献茶祭(けんちゃさい)北野天満宮

秀吉が1587年(天正15年)10/1に催した「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」に由来する400年の歴史を持つ祭典
京都の4家元(薮内家・表千家・裏千家・武者小路千家)2宗匠(堀内家・久田家)が6年毎に輪番で奉仕し、11/26の「御茶壷奉献祭・口切式」で奉納された碾茶(てんちゃ)が用いられる
10:00より神前に供える「献茶式」を行った後、拝服席や境内の明月舎・松向軒の茶室、社務所などに茶席の本席が設けられるほか、絵馬所には和菓子の協賛席が設けられ、菓匠会による飾り菓子が出展される
また隣接する上七軒歌舞練場や西方寺にも副席が設けられ、歌舞練場では9:00より15:00まで色紋付の芸舞妓が奉賛する
拝服茶券は11月上から有料で配布

12月初
南座顔見世総見(みなみざかおみせそうけん)南座

五花街の芸妓・舞妓が舞や芸事の上達につながるようにと、勉強のため南座の歌舞伎「吉例顔見世(きちれいかおみせ)興行」を観劇する恒例行事
各花街ごとに1日ずつ全員揃って出かけ、芸妓・舞妓は舞台に向かって両脇にある1階の桟敷席、師匠やお茶屋の女将ら花街の関係者は観客席にて観劇
舞妓がこの時に挿す花簪(はなかんざし)は餅花に南座正面に掲げられる「まねき」を模したものが2つ付けられ、幕間に役者の楽屋を訪ね、無地の「まねき」に贔屓の歌舞伎役者の名前を立役は墨で女形は朱で直筆してもらうのが習わしとなっており、12月いっぱい使用される
東西人気役者の競演に花を添える年末の風物詩の一つで、この日を狙って席の予約を取る客も多いほか、南座前はその姿を撮影しようとするカメラマンや観光客などで溢れ返る
ちなみに「顔見世」は毎年11月30日から12月26日まで南座で行われる歌舞伎の興行で、「まねき」は劇場に隙間なく客に入ってもらいたいとの願いを込め、長さ1間・幅1尺・厚さ1寸(約180cm×約30cm×約3cm)のまねき板に「勘亭流(かんていりゅう)」と呼ばれる線は太く、角をつけず丸みを帯びた独特の書体を使って、隙間を埋めるように役者の名前を書いていく(11月に京都の妙傳寺でまねき書きが行われる)

12/13
事始め(ことはじめ)上七軒

正装でお茶屋さんやお姉さんにあいさつしてまわります。

五花街で年末の12月13日に行われる伝統行事で、芸妓・舞妓たちが1年の締めくくりとして日頃お世話になっているお茶屋やお店、お稽古ごとの師匠などに出向き、一年のお礼と新年に向けた挨拶をする
「事始め」の12月13日はすす払いや餅つきをして正月準備にかかる日とされるが、これは江戸時代に朝廷や幕府の年中行事「すす払い」として始まったとされる風習で、この日をもって正月の準備に入る
花街ではお世話になっている舞の師匠に鏡餅を納め「おめでとうさんどす、相変わりませずおたのもうします」と挨拶し、師匠は祝儀の舞扇(まいおうぎ)を手渡し「おきばりやしたね、来年もおきばりやす」と一年の労をねぎらう光景が年末の風物詩となっている
中でも祇園甲部において芸舞妓たちが京舞井上流の家元・井上八千代宅を訪れる姿は、毎年マスコミ報道などでも採り上げられるなどよく知られている
ちなみに事始めが終わると年末にかけては「おことうさんどす」と挨拶を交わすようになるが、これは元々は「お事多さん」、つまり「事が多い」「お忙しいことですね」という意味で、迎春準備に忙しい中で気を遣う意味合いが込められているという

毎日・月並行事

月ごと
花簪(はなかんざし)

舞妓の挿す簪(かんざし)は季節を彩るシンボルとして、月替わりで変更されるのが習わしとなっており、特に草花にちなんだものが多いことから「花かんざし」と呼ばれている
職人の手作業により丁寧に作り上げられ、細やかな細工に特徴のある京都独特の伝統工芸品

1月 寒菊に「松竹梅」
2月 「梅」
3月 「菜の花」
4月 「桜」
5月 「藤」または「あやめ」
6月 「柳と撫子(なでしこ)」または「紫陽花(あじさい)」
7月 「団扇(うちわ)」
8月 「薄(すすき)」または「朝顔」
9月 「桔梗(ききょう)」
10月 「菊」
11月 「紅葉」または「銀杏(いちょう)」
12月 餅花に「南座の歌舞伎の顔見世興行のまねき」

ちなみに12月の「顔見世のまねき」には、総見の前に役者の楽屋を訪ね、無地の「まねき」に贔屓の歌舞伎役者の名前を直接書き入れてもらうという
また正月の「始業式」では根元に鳩の付いた「稲穂」のかんざしを芸妓は左、舞妓は右に、祇園祭では白銀の「梵天(ぼんてん)」と呼ばれる飾りが加えられる

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