亀山城址(宗教法人大本) 京都観光

亀山城址(宗教法人大本)

亀山城址(宗教法人大本)

明智光秀の丹波攻略の拠点として築城された平山城

亀岡盆地の中心に位置。亀山城からのち亀岡城に。 戦国時代明智光秀が丹波攻略の拠点として築城し本能寺の変後は秀吉の重要拠点として一門が入城。 江戸初期岡部長盛の時代に城郭・城下町がほぼ整備され明治維新後の廃城令により解体。以後所有者が転々とし現在は石垣も修復され宗教法人大本の本部に

基本データ

名前
亀山城址(宗教法人大本)(かめやまじょうし(しゅうきょうほうじんおおもと))
エリア
亀岡
ジャンル

寺社 城・城跡 紅葉 杜若 七草粥

建立・設立
1577年(天正5年)頃、明智光秀が丹波攻略の拠点とするため築城
1580年(天正8年)、織田信長より丹波国を拝領した光秀が本格的な城下町整備と領国経営に着手するも、1582年本能寺の変が勃発、その後は天下を統一した秀吉の重要拠点として一門の羽柴秀勝(信長の子)、豊臣秀勝(秀吉の甥・江の夫)、豊臣秀俊(小早川秀秋)や豊臣政権五奉行の前田玄以などが入る
1610年(慶長15年)、徳川幕府譜代大名の岡部長盛の時代に城郭・城下町がほぼ完備(城作りの名手・藤堂高虎による)
1869年(明治2年)、伊勢亀山と紛わらしいこともあり亀岡藩へ改称
1871年(明治4年)、廃藩置県により亀岡県が置県
1877年(明治10年)、政府が廃城処分を決定
1889年(明治22年)、市町村に払い下げされその後所有者が転々とする
1919年(大正8年)、新宗教「大本」の指導者出口王仁三郎が荒廃していた城を購入し綾部と並ぶ拠点にすべく整備を開始
1935年(昭和10年)、第二次大本事件で大日本帝国政府による徹底的な弾圧が加えられ爆破・破却される、戦後所有権は再び大本に渡り大本の聖地となる
アクセス
  • JR嵯峨野線(山陰本線)「亀岡」駅下車 南へ徒歩約10分
  • 京都縦貫自動車道「亀岡IC」より約10分
駐車場
参拝者専用駐車場あり 無料
拝観料
無料
お休み
 
拝観時間
城郭見学は大本本部の総合受付まで
住所
〒621-8686
京都府亀岡市荒塚町内丸1
電話
0771-22-5561(大本本部 亀岡宣教センター)
FAX
0771-22-5926(大本本部 亀岡宣教センター)
公式サイト
光秀の丹波攻略と平定の拠点「亀山城」 亀岡市観光協会
宗教法人大本

地図

みどころ (Point in Check)

施設案内

 

境内

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