本教寺(大手筋の妙見さん)
本教寺(大手筋の妙見さん)とは?(基本データ)
- 名前
- 本教寺(大手筋の妙見さん)(ほんきょうじ(おおてすじのみょけんさん))
- エリア
- 伏見・桃山
- ジャンル
- 建立・設立
- 1594年(文禄3年)
- 創始者
- [開山] 教行院日受
- 宗派
- 日蓮宗
- 山号
- 福昌山(ふくしょうざん)
- 本尊
- 十界曼荼羅
- 寺紋
- 札所等
- 洛陽十二支妙見めぐり(午)
- アクセス
- 駐車場
- なし
- 拝観料
- 無料
- お休み
- 拝観時間
- 境内自由
- 住所
- 〒612-8053
京都府京都市伏見区東大手町778 - 電話
- 075-601-2237
- FAX
- 075-601-2242
- 公式サイト
- 伏見大手筋の妙見さん 本教寺 洛陽十二支妙見めぐり
伏見区・区民の誇りの木 京都市情報館
本教寺(大手筋の妙見さん)の地図
本教寺(大手筋の妙見さん)のみどころ (Point in Check)
京都市伏見区東大手町、伏見の代表的な繁華街である大手筋商店街沿いに南面して伽藍を構える日蓮宗寺院。
山号は福昌山、本尊は十界曼荼羅。
安土桃山時代の1594年(文禄3年)に教行院の日受によって伏見城大手門近くの西浜堺町に創建されたのがはじまり。
その後、徳川家康の次女・督姫(良正院)(とくひめ 1575または1565-1615)の帰依を得て、江戸初期の1614年(慶長19年)に現在地に移転されました。
この点、督姫は1583年(天正11年)に徳川家と北条家の和睦条件の一つとして相模の戦国大名・北条氏直(ほうじょううじなお 1562-91)に嫁ぐも、秀吉による「小田原征伐」の翌年の1591年(天正19年)に氏直が病没すると家康の元に戻って伏見に居を構えていましたが、1594年に豊臣秀吉の仲介で後に姫路藩初代藩主となり姫路城を現在の姿に修復したことで知られることとなる戦国大名・池田輝政(いけだてるまさ 1565-1613)に嫁ぐことに。
そしてその年に開創された本教寺の住職・日受に帰依し、自らの土地や屋敷を本教寺に提供したと伝えられていて、日受はその後1614年(慶長19年)に譲られた土地に本教寺を移し現在に至っています。
境内には督姫が豊臣秀吉から贈られたという牡丹が植えられたことから「慶長牡丹の寺」とも称され、また池田家伝来と伝わる「妙見宮」も建てられていることから「大手筋の妙見さん」とも呼ばれ、「洛陽十二支妙見めぐり」の第7番・午(南の方角)として開運厄除や旅行安全、家内安全のご利益で人々より信仰を集めています。また境内社の「秋山白雲霊神」も痔疾祈願の霊場として有名です。
本教寺(大手筋の妙見さん)の施設案内
境内
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入口門
大手筋商店街沿いに南面して立つ鉄製の扉
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駒札
入口門右手
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山門
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手水
山門くぐってすぐ右
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参道
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開運堂(妙見堂)
山門くぐって右手
元禄年間(1688-1703)の建立
洛陽十二支妙見めぐり 第7番(午)
池田家伝来の北辰妙見大菩薩像が祀られている
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寺務所
山門入って左
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庭園
山門くぐって参道の左手
かつて伏見城内にあり、督姫が豊臣秀吉から贈られたという牡丹が植えられている
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十三重石塔
庭園の中
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宝篋印塔
庭園の中
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島津前式部頭龍雄之墓
参道右手、妙見堂の奥
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秋山自雲霊神
参道右手
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鐘楼
参道右手、本堂前
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クスノキ
参道右手、鐘楼の手前右
高さ13.5m、幹周2.85mで区民誇りの木
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本堂
参道正面突き当たり
1716年(享保元年)、関白・近衛家久の堀川御殿を寄進され移築したもの
入母屋造、千鳥破風のついた豪壮な建築
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周辺
関連
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知恩院良正院
知恩院の塔頭寺院で督姫の菩提寺
墓所は知恩院墓所にあるという
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本教寺(大手筋の妙見さん)の主な年間行事・カレンダー
年中行事
- 2/3
節分星祭り
19時
- 3月春分の日
春季彼岸法要
14時
- 8/17
盂蘭盆せがき法要
14時
- 9月秋分の日
秋季彼岸法要
14時
- 10/12
宗祖御入滅報恩お会式
19時
- 11/13
お火焚祭
19時
- 12/31
除夜の鐘公開
23時
月並行事
- 毎月1日
妙見祭(月例祭)
14時